(3) 外交・安全保障政策

a 日米同盟の強化とクアッドの結成

 安倍首相は、「地球儀を俯瞰する外交」と称して、任期7年8ヵ月の間に81回の外国訪問や国際会議出席を実行した(安倍晋三(2023)『安倍晋三回顧録』中央公論新社)。しかし、その内容は国連が重視する核軍縮、地球温暖化、難民問題ではなかった。安倍首相が外交・安全保障政策で最も重視し、かつ成果をあげたものは、中国への対処を目的とした日本の安全保障の強化だった。1990年代以来、日本政治の課題は内政での統治構造改革、外交では国際(対米)貢献だった。しかし、安倍内閣はもはや改革の政治には関心を示さず、その課題を安保強化=戦争ができる国づくりと国際的な中国包囲網づくりに移行させた(前掲中野晃一編(2016)(所収の古賀茂幸の記事及び愛敬浩二の記事))。

 そのため、安倍内閣は、一つ目は日米同盟を強化し、2014(平成26)年に内閣に国家安全保障会議を設置し、武器輸出を限定的に認める「防衛装備移転三原則」を決定した。そして、2015(平成27)年4月に日米安保協議委員会で「日米防衛協力の指針」に「地球規模での日米協力」を盛り込んだ。つぎに、歴代内閣が違憲と解釈してきた集団的自衛権の行使について、閣議で解釈を変更して、2015(平成27)年9月集団的自衛権の限定的行使を認める安全保障関連法を制定した。それに対して、沖縄県知事と全国知事会が要請していた日米行政協定の改定問題には沈黙したままだった。

 二つ目は、米国のアジアでの指導力が低下する現状を踏まえて、安倍首相は中国に対する多国間の安全保障体制をめざすクアッド=日米豪印の4ヵ国による自由で開かれたインド太平洋構想を提唱し、みずから各国指導者を説得して、その結成を主導した。そして、クアッドを、日米同盟に次ぐ日本の新たな外交の基軸にしようとした(前掲安倍晋三(2023))。これらが、安倍首相の「積極的平和主義」の内容だった(前掲中野晃一編(2016)(遠藤誠治の記事))。


b 近隣諸国との外交

 安倍外交は、従来の「日中友好」に替えて、最大の貿易相手国となった中国との経済関係を「戦略的互恵関係」と呼んで重視した。上記のように安全保障では中国を牽制しながら、安倍首相は2018(平成30)年の訪中時に、中国のユーラシア開発(一帯一路)構想への日本の協力について日中両国間で合意し、2021(令和3)年春には習近平国家主席の訪日を予定していた。

 他方で、上記以外の分野では、安倍外交はほとんど成果を残さなかった。米国のオバマ大統領の中国牽制の方針に沿って、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加して、米国および太平洋諸国との経済連携と自由貿易体制を強化しようとした。しかしトランプ大統領が米国をTPPから脱退させてしまった。安倍首相は、ロシアのプーチン大統領との個人的に親密な関係を強調し、2014(平成26)年のクリミア併合の際には、西側諸国の対ロシア経済制裁に参加しなかった。そして、北方領土問題交渉では、安倍首相から北方四島での経済協力先行案や二島返還案を提示したが、ロシア側がそれらを受け入れることはなかった。日韓の慰安婦問題は、2015(平成27)年に両政府間で最終的不可逆的合意を実現した。しかし、韓国の政権が交代すると、戦時中の徴用工への補償をめぐる対立は、日本による韓国への輸出規制という経済問題にまで深刻化し、日韓関係は戦後最悪と言われつづけた。安倍首相にとって、北朝鮮の拉致問題の解決は最優先の外交課題だった。しかし、解決の糸口を見いだせず、北朝鮮が核実験とミサイル発射を繰り返す事態になってしまった。