a 原発対策
安倍首相は、第二次政権の発足直後から、「2030年代に原発ゼロを目標とする」という民主党政権の方針を踏襲しないと表明してきた。そして、被災した福島原発では、海洋への汚染水漏れが問題となっていたが、安倍首相は2013(平成25)年9月に開催された国際オリンピック委員会総会で、汚染水は「アンダーコントロールされています」と発言して、東京へのオリンピック招致をアピールした。2014(平成26)年4月、安倍内閣はエネルギー基本計画を閣議決定し、原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、停止されていた原発を再稼働させる方針を明記した。そして、安倍~菅内閣の約10年間に、原子力規制委員会の審査を経て、関西や九州の原発9基を再稼働させた。2021(令和3)年4月、菅内閣は福島原発の処理水を海洋放出する方針を決定した。
b コロナ対策
1994(平成6)年の地域保健法の制定以来、歴代内閣は地方行政改革を目的に、地方自治体を指導して保健所数を大幅に削減し、衛生行政の機能を弱体化させてきた。全国の保健所数は1997(平成9)年の706ヵ所から2016(平成28)年の480ヵ所に減少し、その医師や職員数も削減された(岡田知弘「新型コロナウイルス禍と惨事便乗型政治の失敗」小路田泰直編(2020)『疫病と日本史』啓文舎)。もはや、地域医療計画の5疾患・5事業のなかに感染症は取り上げられていなかった(牧原出・坂上博(2023)『きしむ政治と科学コロナ禍、尾身茂氏との対話』中央公論新社)。21世紀の初頭に、中国でSARS、中東でMERSというコロナウイルス感染症が発生した際にも、日本政府は衛生行政の縮小を継続した。安倍内閣も、2013(平成25)年に再生医療を成長戦略に位置付け、感染症対策は重視しなかった。さらに2014(平成26)年、医療・介護一括法を制定して、総合病院の入院病棟を削減し介護施設のケア病棟へ移行させて、看護師数を抑制した。そのため、地域の保健医療体制は弱体化して感染症の爆発的蔓延に対応できる状態ではなかった。感染症対策の専門人材も不足していた(同上牧原出(2023))。
2020(令和2)年1月、厚生労働省は新型コロナウイルスの国内感染者を確認した。しかし、厚生労働省は上記の経緯から保健医療体制を強化できず、具体的にはPCR検査が停滞して感染者の早期発見と隔離(陰性者には通常の日常生活と生産活動を保障する)ができず、大都市のクラスター感染はすぐに全国の市中感染へと拡大した。感染症対応の病棟が入院患者であふれると、新たに発症した患者には自宅待機を指示するしかなかった。
新型コロナウイルスは未知の感染症で、政府の対策に失敗や混乱が生じるのはやむを得ない。厚生労働省は感染の実態を国民に知らせようとせず(同上牧原出(2023))、首相と官邸が対策を主導したが、感染症対策は知事の権限であり、首相が保健所や医師会を直接動かせなかった(前掲安倍晋三(2023))。また知事によって対応がバラバラになった。そして、安倍首相は独断で同年3月の全国の学校への一斉休校要請、4月の布マスク全戸配布を実施した。そのため、政府の緊急事態宣言(国民への自粛と休業要請)は、むしろ、国民に政府や自治体の感染対策は頼ることができないことを思い知らせ、国民の間には不安と不信が広がり、国民は自己防衛を余儀なくされた。さらに政府は、国民の不安を払拭するため、国民への支給金を検討したが、それをめぐって官邸と与党幹部の間で迷走が生じる事態になった。
そのため、国民の内閣支持率は、30%前後に低下してしまった。安倍首相は、2019(令和元)年から森友学園、加計学園、桜を見る会をめぐる自身の疑惑によって国民の支持を失ってきたが、上記のコロナウイルス対策の失敗が加わって2020(令和2)年8月に退陣を余儀なくされた(岡田知弘(2021)「瀬戸際の地方自治」『世界』1月号)。
菅義偉内閣に交代すると、休業を余儀なくされている産業と従業員の雇用を守るため、感染症対策は経済再生担当大臣によって産業政策の立場から推進された。しかし、菅内閣は2020(令和2)年11月「GOTOトラベル」の見直しを余儀なくされ、直後の12月、コロナ禍の第3波が拡大してしまい、2021(令和3)年1月から7月にかけては2~4度目の緊急事態宣言を出さなければならなくなって、内閣支持率を低下させた。上記の保健医療体制の脆弱さは改善されないまま、感染爆発が全国各地を襲い保健所は機能マヒを起こし、地域の中核病院は医療崩壊に陥ってしまった。日本の医学界と製薬企業は、緊急時のワクチン開発に失敗した。菅首相は2021(令和3)年2月からワクチンの輸入と接種を開始して、コロナ禍の克服に尽力したが、総選挙が迫り自民党内の支持を失って2021(令和3)年9月に退陣を表明した。
菅内閣は、官僚政治の縦割り行政と既得権益の弊害を是正することをめざして、1年間の任期中に、ワクチン接種1日100万回、DX(デジタル庁の設置)とGX(脱炭素宣言)の経済成長戦略の決定、携帯電話料金の値下げ、小学校から35人学級の実現、後期高齢者医療費窓口負担の引き上げ、不妊治療の保険適用、福島原発処理水の海洋放出方針の決定、子ども庁の設置準備と、多くの懸案政策を首相みずからの決断で実現した。しかし、国民のなかにコロナ禍への不安と政権への不満が充満しつづけ、さらに都合の悪いことは国民に説明せず、新聞記者の質問には「それは当たらない」と強弁で押し通す首相の政治手法によって、国民とのコミュニケーションに失敗した。
政官界やメディアに対して最強と言われた安倍~菅政権の官邸主導政治は、感染症に対して国民の生命と健康を守れず、国民の支持を失って退場した。