前期・後期からなる第五次総合計画を振り返ると、その所期した目標は大きく逸れることなく達成されたといえよう。しかし、その10年間の計画期間には大震災・原発事故、人口減少といった正に経験したことのない社会経済情勢の変化があった。したがって、第五次総合計画は完了に至ったとはいえ、新しい課題に対応するため、抜本的に見直すべき状況にあったことは疑いようもない。
そのタイミングで見直し、策定作業が始まった新しい総合計画が郡山市まちづくり基本指針である。2016(平成28)・2017(平成29)年度に方針決定と策定を行い、2018(平成30)年度から8年間の計画期間をもって開始した計画である。
抜本的に見直すべき、と記したが、この基本方針は構成、策定過程とも極めて斬新である。(1)で述べたように総合計画策定の義務付けは廃止となり、計画行政をめぐり自治体の自主性、創意工夫が問われる時代となった。その意味でこの基本方針は挑戦的とさえいえる。以下、構成、策定過程の順に特徴をまとめる。
a 2階層からなる郡山市まちづくり基本指針
(1)において総合計画は基本構想・基本計画・実施計画の3層から構成することが「適当」と述べた。しかし、基本指針は2層により構成される。厳密には実施計画も持つので3層といえるが、簡素でわかりやすい以下の2層とすることで、行政だけではなく市民や事業者も含めた郡山市全体の計画として認知、活用されることを意図している。
1.第1階層(公共計画) 官民共通の中長期指針
市民や事業者も含めた郡山市全体が目指すべき将来都市構想やそのために必要な分野別の方向性を示す。計画期間は8年間である。
将来都市構想は「みんなの想いや願いを結び、未来(あす)へとつながるまち 郡山」とされた。その策定の際のコンセプトは「『共有』・『共感』・『共奏』で多様な人とつながるまち」「一人ひとりの『想い』や『願い』が未来とつながるまち」「『魅力』と『活力』で世界とつながるまち」「希望を紡ぎ次の世代とつながるまち」の四つからなる。
第1階層に掲げられる分野別の方向性(将来構想)は五つの大綱と二つの取り組みからなる。大綱は以下に整理するとおりであるが、それぞれに市民の「想い」や「願い」を基に描く「未来ストーリー2025」を付して実現へのイメージを喚起している。二つの取り組みはそれらを横断する「復興・創生の更なる推進」、またそれらの基盤となる「行政経営の効率化(カイゼン、ICT・DG推進(スマート市役所))」「セーフコミュニティ活動の推進」「連携中枢都市圏構想の推進」である。
1)大綱1「産業・仕事の未来」(商業・工業・雇用・農林業分野)
分野別将来構想1.「みんなが誇れる『郡山といえばこれ!』という産業があるまち」、2.「楽しくてやりがいのある満足できる仕事のあるまち」、3.「農林業が盛んで、市民の身近な産業となるまち」からなる。市民生活を支える多様な産業を未来につなぎ、一人ひとりのやる気と期待に応える地域産業・雇用環境の充実を目指す。
2)大綱2「交流・観光の未来」(交流・文化・観光・広報広聴・シティプロモーション分野)
分野別将来構想1.「人が交流し、明るい声が聞こえるまち」、2.「国内外に発信できる、自慢の地域資源があるまち」、3.「たくさんの人が『また来たい』、『住んでみたい』と思えるまち」からなる。地域の歴史と風土、そして人に育まれた豊かな地域資源を市民総ぐるみで守り育て、住む人にも訪れる人にも新たな感動を与え、多様な人が交流し、明るい声が聞こえるまちを目指す。
3)大綱3「学び育む子どもたちの未来」(子育て・教育・地域学習分野)
分野別将来構想1.「人と人とがつながり、みんなで子どもたちを育むまち」、2.「笑顔があふれ、未来への夢を育むまち」、3.「一人ひとりの個性を伸ばし、すべての子どもが輝くまち」、4.「子どもたちが学びたいことを楽しく学び、地域で活躍できるまち」からなる。地域の継続的発展の基盤である出生率を改善させ、希望と幸せに満ちた子育てを社会全体で支え合い、子どもたち一人ひとりの多様性と個性を未来に向かって羽ばたかせる子育て・教育環境の整備に取り組む。
4)大綱4「誰もが地域で耀く未来」(市民協働・生涯学習・保健福祉・男女共同参画分野)
分野別将来構想1.「市民生活に活気があり、地域で楽しく元気に暮らせるまち」、2.「好きなこと、得意なことを地域で学び生かせるまち」、3.「市民が互いに支えあい、一人ぼっちにならないまち」、4.「誰もが健康で生きいきと暮らせるまち」、5.「女性が元気で活躍できるまち」からなる。日常生活で人と人とがつながりあい、生涯を通して誰もが住み慣れた地域で、健康で豊かに暮らせる生活環境の実現に取り組む。
5)大綱5「暮らしやすいまちの未来」(環境・防災・市民安全・生活インフラ分野)
分野別将来構想1.「環境にやさしく自然豊かな、住んでいてよかったなと思えるまち」、2.「誰もが安心して快適に暮らせるまち」、3.「すべての人が安心して円滑に移動できるまち」、4.「豊かなまちなみがあり、誇りと魅力あふれるまち」からなる。将来の人口フレームや社会構造変化を見据え、多様なライフスタイルに対応した自由で利便性が高く、安全・安心で清潔な生活環境を守る。
2.第2階層(行政計画) 行政としての実行計画
将来都市構想実現のために行政が取り組むべき事業や各分野別計画などを示す。計画期間は前期・後期各4年間であるが、社会経済情勢の変化や国の新たな制度等にも柔軟に対応するため、毎年の見直しを行う。
以上の2層の構成の特徴は、その簡素化・明確化という点にある。また、第1階層8年間、第2階層各4年間という計画期間は、4年間の市長任期を基本としたものである。市長が選挙に際して示す公約も速やかに反映させるため、4年間を基本的な単位としている。こうした実効性の強化・機動性の確保もこの基本方針の特徴である。
b 市民が関わり続け、使い続ける基本指針
構成の簡素化・明確化、実効性の強化・機動性の確保という二つの特徴に加え、この基本方針では公平な市民参加も特徴としている。この特徴は策定段階から強く意識されてきた。その背景には(1)で触れた総合計画策定の義務付けの廃止があり、郡山市としては自治体が「自由と責任」「自立と連携」の理念により、上意下達ではなく住民本位による行政運営を一層推進するチャンスと捉えてのことであった。
その策定過程では従来の市民ワークショップ、市民意識調査、パブリックコメントに加え、新たな市民参加手法の導入が図られた。特に無作為抽出した市民3,000名に直接通知を送って参加を募った2016(平成28)年10月の「あすまち会議こおりやま」である。一般的には「市民討議会」(ドイツの「プラーヌンクスツェレ」)と呼ばれる方式で、公募によらず無作為抽出によるため、代表性、中立性がある市民意見を聴取できるとされる。この際はのべ200名が参加、将来構想と具体的な手法を関連づけて整理した。いわゆる「充て職」といったかたちでの住民参加がなお目立つなかで、無作為に選ばれた市民が200名以上も参加したことは特筆に値しよう。
なお、あすまち会議郡山は2017(平成29)年7月にも開催された。この際には新たに公募により全市民から参加者を募ったところのべ約260名が参加、分野別将来構想のストーリーをまとめた。
また、2017(平成29)年2月に行われた地区懇談会「あすまちエリアディスカッション」も特徴的な取り組みである。従来とは異なり、小学生や中学生も参加したこと、14の行政センター及び旧市内の全15地区で開催し、インターネットテレビ会議システムにより隣り合う3地区どうしの意見を共有したことがその特徴である。それぞれの地域の資源、共通する課題やそれに対する解決手法など、互いに情報交換し刺激を受け合いながら自身の地域について考える機会となった。
かつて横浜市を舞台に地域・都市プランナーとして自治体改革にも奔走した田村明は「地域総合計画は、計画書そのものよりも策定の過程にこそ意味がある。市民の参加と参画を求めて現状の問題や未来についての学習を行い、行政の縦割りを解消し、職員にも目的意識や問題意識をもたせ、市民意識を高めることに役立てばひとつの成功である」(田村明(2000)『自治体学入門』岩波書店)と述べた。この基本指針の策定過程は正にその指摘を地で行くものであるが、「成功」か「否」かは基本方針を使い続ける過程でこそ見えてくるものである。2021(令和3)年度末が第2階層前期の終期となるため、2020(令和2)年度からは策定過程同様の市民参加手法も用いて後期に向けた見直しも行われている。今後、そのアウトプットとなる第2階層後期の内容を吟味しつつ、この基本方針の評価を行っていくことになる。
本節執筆にあたっては対象範囲とした第五次総合計画前期基本計画、同後期基本計画、郡山市まちづくり基本指針のそれぞれを参照した。