(3) アベノミクス

 これに加えて、2012(平成24)年12月26日に誕生した第二次安倍内閣により、いわゆるアベノミクスが開始された。これは大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略(規制緩和等)を政策の三本の柱として、デフレからの脱却と富の拡大を目指したものであったが、中でも2013(平成25)年3月20日に白川方明に代わって黒田東彦が総裁に就任した日本銀行が採用したいわゆる「異次元の金融緩和」政策が特徴的である。

 異次元の金融緩和とは、日本銀行が2013(平成25)年4月から始めた大規模な金融緩和政策(正式には「量的・質的金融緩和」)であるが、伝統的な金融政策の手法にとらわれることなく、資金供給量を大幅に増やして人々の期待に働きかけることで、デフレ経済からの脱却を目指したものである。

 異次元の金融緩和を含むアベノミクスの成果や功罪についてはまだ評価が定まっていないが、アベノミクス実施後の経済面の変化としては、円高の是正、輸出の増加、企業業績の改善、株価の上昇、雇用の増加等が見られた。円相場については、2012(平成24)年頃は1ドル80円程度であったものが、2021(令和3)年には110円程度にまで円安が進行した。円安によって輸出が増え、生産の国内回帰も一定程度進んだ。また、円安による輸出増加や円建て売上げの増加などから企業業績も改善した。次に株価については、日経平均株価は2011(平成23)年末の8,455円35銭から2021(令和3)年末には2万8,791円71銭まで上昇し、約3倍になったほか、世界の株価との連動も取り戻した。さらに雇用については、輸出の増加、生産の国内回帰などを受けて、これまで減少を続けてきた製造業の就業者数が増加したほか、働き方改革によって女性、高齢者の就業者が増加するなど、この間に約500万人の雇用増加が実現した(役員を除く雇用者数:2012(平成24)年5,167万人→2021年(令和3)5,672万人)。経済全体をみても、景気基準日付ベースで2012年(平成24)11月から2018年(平成30)10月まで、緩やかながら71ヵ月間に及ぶ戦後2番目に長い景気拡大となった。

表2 アベノミクス開始以降の経済指標の変化
経済指標 アベノミクス開始前 2021年(令和3年)
ドル円相場 (2012年平均)
1ドル79.82円
(2021年平均)
1ドル109.82円
輸出額(円建て)(注1) (2012年中)
63.7兆円
(2021年中)
83.1兆円
製造品輸出額等(注2) (2012年中)
288.7兆円
(2021年中)
330.2兆円
全産業(除く金融保険業)経常利益(注3) (2012年度)
48.5兆円
(2021年度)
83.9兆円
日経平均株価 (2011年12月終値)
8,455.35円
(2021年12月終値)
28,791.71円
給与総額(給与所得者計)(注4) (2012年中)
191.1兆円
(2021年中)
225.4兆円
名目賃金指数(注5) (2012年)
98.8
(2021年)
100.6
実質賃金指数(注5) (2012年)
105.9
(2021年)
100.6
雇用者数(役員を除く)(注6) (2012年)
5,161万人
(2021年)
5,672万人
  うち  社員 3,345万人 3,596万人
      非正規社員 1,816万人 2,075万人
名目国内総生産(注7) (2012年度)
499.4兆円
(2021年度)
551.4兆円
実質国内総生産(注7) (2012年度)
517.9兆円
(2021年度)
541.8兆円
(注1)貿易統計(財務省)
(注2)工業統計調査(経済産業省)
(注3)法人企業統計調査(財務省)
(注4)民間企業実態統計調査(国税庁)
(注5)毎月勤労統計調査(厚生労働省)
(注6)労働力調査(総務省統計局)
(注7)国民経済計算(GDP統計)(内閣府 経済社会総合研究所)

 しかし、復旧・復興需要とアベノミクスについては、時間の経過とともに息切れ感が目立つようになった。まず、東日本大震災からの復旧・復興事業については、5年間の集中復興期間の終了とともに一服感が見られるようになった。

表3 東日本大震災復興特別会計(当初予算歳出額)の推移   (億円)
年度 2012

(平成24)年度

2013

(平成25)年度

2014

(平成26)年度

2015

(平成27)年度

2016

(平成28)年度

2017

(平成29)年度

2018

(平成30)年度

2019

(令和元)年度

2020

(令和2)
年度

2021

(令和3)
年度

予算額 37,754 50,016 36,464 39,087 35,685 26,896 23,593 21,348 20,739 9,318

 

 また、アベノミクスで第一の矢と位置付けられた日本銀行による異次元の量的緩和も、当初の目標であった2年間で物価上昇率2%(=デフレからの脱却)という目標が実現できないまま、緩和拡大を数次にわたり行ったが、異次元の常態化=緩和慣れともいうべき状況に陥り、緩和効果の低下に加えて、債券市場の機能低下や構造改革の停滞による生産性向上阻害、財政規律の緩みといった副作用の大きさが指摘されるようになった。

 名目GDP成長率を前半5年間と後半5年間で比較すると、この10年間の後半は明らかに成長率が低下し(2012(平成24)年度~2016(平成28)年度平均+1.74%、2017(平成29)年度~2021(令和3)年度平均+0.38%。新型コロナ禍の影響を排除するため2017(平成29)年度~2019(令和元)年度の3年間で見ても年度平均+0.73%)、時期的には2018(平成30)年頃から成長率が鈍化し始めた。

 なお、経済の好循環と物価の安定的な上昇のためには賃金が十分に上がることが必要であるが、企業業績の回復に加えて政府の後押しもあって、賃金上昇の兆しは見え始めたものの、物価上昇率がなお低かったことや景気の息切れ感などから本格的な上昇には至らなかった。特に物価上昇率を勘案した実質賃金は、この間ほぼ一貫して低下傾向を辿った。