前出の西田町を含む阿武隈川東岸地域のいわゆる三田地域(西田町・中田町・田村町)は、典型的な阿武隈山間地域であり、前出のような開発事業の対象となった地区を例外として、多くの場所では狭あいな地形を縫うように田畑が存在する。
従来のそのような条件の下での土地利用は養蚕に用いる桑の栽培が圧倒的に主であったが、昭和の戦後期に養蚕事業が大幅に減少してからは桑に代わる土地の利用が模索されてきた。
田村町の川曲地区の「ふるや農園」では、震災前から頭を悩ませていた桑畑の後作という課題に対して、放牧による豚の飼育により土地の有効活用をするとともに、主軸であるカイワレ大根や豆苗などの野菜栽培との複合経営(野菜の培地や残さを豚に給餌する)、さらに生産物の豚肉の加工による独自商品の販売を目指し、2009(平成21)年に放牧開始、翌2010(平成22)年に市内のホテルでの豚肉の提供とギフトでの加工品の販売を開始し、見学も受け入れるなど、本格的な展開を視野に入れていた矢先の原発事故であった。
放射性物質に関しては養豚の放牧環境の汚染の問題に特段の対策(放牧用地での土壌や草類の安全管理や、放牧用地以外の隣接地の土手草などを食べないような遮断策等)を追加的に行いつつ、新たに放牧養豚の事業を再開した(前述のように田村町は市内では比較的線量が低く、面的農地除染の対象からも外れたが、県農林事務所との間で安全管理面の厳しいやりとりがあった)。
放牧養豚の再開は、阿武隈山間地域という養蚕の後作に悩む地域で、さらに放射性物質の影響を考慮した限定的な資源の利用や循環を模索しなければならないという条件の下で極めて注目されるものとなった。地域資源の有効活用であり、家畜の活用による資源の回復につながる可能性が期待された。生産物としては、同社により「里の放牧豚」としてのブランド化も果たすこととなった。前述のように、「三田」地域の狭あいな土地で、しかも原発事故の影響を受けた自然環境の中で、その自然条件を生かした地域の新たなブランド食材を生み出すことができたのは注目すべきことであった。
2014(平成26)年12月、「日本で最も美しい村」連合を主導し、また「スマート・テロワール」(地域固有の自然条件を生かして生産する個性ある食料と、その活用による地域内の自給圏の構築と活性化)を提唱している松尾雅彦氏の訪問を受け、新聞報道されたことから、県内に広く知られることになった。
ふるや農園は、2015(平成27)年に竣工した後述の逢瀬町のワイナリーでの醸造原料としてワイン用ブドウの栽培も初発時点(2015(平成27)年)から手掛け、同じワイン用ブドウの生産者ら(他には、同じ田村町の楪(ゆずりは)園芸、逢瀬町の郡山アグリサービスなど)とともに、後述する2017(平成29)年のワイナリーフェス、翌2018(平成30)年のバージョンアップしたワイナリーマルシェに放牧豚の加工品を出品(楪(ゆずりは)園芸は夏ネギ、郡山アグリサービスは大葉の加工品を出品)し、ワイナリーを核として郡山の農業と飲食・観光業が新たな発展を目指していく牽引役となった。
なお逢瀬町のワイナリーフェスが開催された2017(平成29)年時点では同ワイナリーの独自商品としては先行して生産していた本県産の果実を用いたリキュールがあり、郡山市産の原料(2018(平成30)年の秋に初収穫)を用いた郡山市産ワインが初めて完成し、“Vin de Ollage”(ヴァン・デ・オラージュ/おらげのワイン)と名付けられて販売開始となるのは後年の2019(平成31=令和元)年の春のことである。そこで、ワイナリーを中心とする市農業の展開は新たな可能性を見出すことになり、同年に発足した福島大学食農学類との連携も進められる。この点は別項で記述する。
2017(平成29)年12月、福島大学・食農大学院(ふくしま未来食農教育プログラム、大学院経済学研究科が運営)と郡山市との連携協定にもとづく公開講座(別記のように2013(平成25)年から開催しており5年目に当たる)において、筆者(林薫平)が「地域資源活用の新展開~農(野菜)・林(キノコ)・畜(ブタ)の“美味しい”関係」と題して講演を行った。そこでは、ふるや農園からゲスト報告が行われ、自然環境の保全と活用に豚の放牧という技術を応用し、また地域に固有の食材を飲食店や酒造店、観光事業者と協力して活用していく「地域6次化」の構想が語られた。
2017(平成29)年は、本県の双葉郡や相馬郡で、6年間に及ぶ避難指示が段階的な解除のフェーズに進み、自然条件の回復、農業の再開、住民の雇用創出が議論され始めていた中での注目される講座となり、両郡の関係者も参加して相互に学ぶ関係が生まれた。郡山市での震災からの農業復興の実践の成果が、後に続く浜通り区域に波及していくことを目指した企画として目的の一端を果たすこととなった。
ふるや農園は、市内の飲食・青果卸事業者である「しのや」や大槻町の鈴木農場らの同志と協力して、2018(平成30)年から開成山公園において農家・飲食店(料理人)・酒蔵が組を作って協力して出店するというユニークな方式の「ふくしまフードフェス」を創始した。農業が個性ある農産物や加工品を生み出し、それによって飲食店や酒造業、観光業と連携して活性化につなげていくという郡山市で芽生えつつあった注目すべき動向(それは震災の逆風を乗り越える中で生み出されてきた)が新たなスタイルで結実したものである。
2018(平成30)・2019(令和元)年と好評のうちに進んだが、翌2020(令和2)年・2021(令和3年)は新型コロナウイルス感染症の蔓延の影響のため休止している。