(2) 観光業

 郡山市における観光入り込み客数の動向を表8に示した。


表8 郡山市の観光入り込み客数の推移

 これは「福島県統計年鑑」に掲載されている郡山市のすべての観光地点の入り込み客数である。これらの合計数が郡山市の観光入り込み客数となる。本冊の対象外であるが、東日本大震災前の2010(平成22)年からの統計を示した。図1は郡山市の観光入り込み客数の合計を示したものである。


図1 郡山市の観光入り込み客数の推移
資料:「福島県統計年鑑」により作成

 2010(平成22)年の入り込み客数は約400万人だったが、翌年は東日本大震災の影響で212万人とほぼ半減する。観光入り込み客数はその後順調に回復し、2013(平成25)年には300万人台を回復、2016(平成28)年には400万人台を突破し、震災前の水準を上回った。さらに2019(令和元)年には500万人台を突破し、入り込み客数は最高に達する。しかし、2020(令和2)年以降は新型コロナウイルス感染症の影響で入り込み客数は200万人強にまで減少した。特にイベント類が開催中止になったことの影響が大きいことが認められる。

 ただし、表8からも明らかなように総入り込み客数は調査ポイントの総和であり、調査ポイントが増えるほど総入り込み客数は増加する。そこで2010(平成22)年段階の調査地点を基準として入り込み客数の推移を見ると、震災後の最高は2019(令和元)年の373万人で、震災前水準に達していない。2010(平成22)年と2019(令和元)年を比較すると、入り込み客数が増えているポイントは「磐梯熱海温泉」「郡山カルチャーパーク」「郡山うねめまつり」「あさか野夏まつり」「サマーフェスタ ビール祭り」「湖まつり」程度にとどまる。2019(令和元)年現在、郡山市で最も入り込み客数が多いポイントは「郡山カルチャーパーク」で約139万2,000人、次いで「磐梯熱海温泉」の80万4,000人である。いずれも震災前比10%未満の増加にとどまる。「郡山うねめまつり」は約14万人、「あさか野夏まつり」は約8万人の増加で増加率は大きいが、いずれも単発的なイベントであり、効果は限定的である。「サマーフェスタ ビール祭り」と「湖まつり」は増加数そのものが小さい。その意味において、郡山市の観光業は震災からの復興の力は弱く、復興を十分に果たしていないととらえることができる。なお、本冊では十分に触れられないが、新型コロナウイルス感染症の影響は東日本大震災の影響を遙かに上回る。コロナ期の観光業の動向については、次巻に譲りたい。

 次に、正確性は落ちるが、企業単位でより詳細な分析を行うため、筆者が入手した帝国データバンクのデータ(以下、「TDBデータ」と略す)を用いて分析を行うことにしたい。TDBデータは、帝国データバンクが調査した信用情報を研究機関向けに販売するもので、特定企業に関して時系列的に詳細な分析を行うのに適している。ただし、地域の全企業を対象に行われているわけではないので、地域の全体像を把握することは出来ない。

 まず東日本大震災からの復興の動向からコロナ禍前までの動向を把握することにしたい。図2は東日本大震災後の福島県の主要温泉地の入り込み客数の推移を示したものである。


図2 東日本大震災後の福島県内主要温泉地の入り込み客数の推移(単位:人)
資料:「福島県統計年鑑」により作成

 磐梯熱海温泉は飯坂温泉とともに、震災後に入り込み客数を増加させている。土湯温泉、高湯温泉、岳温泉、芦ノ牧温泉、いわき湯本温泉などは逆に入り込み客数を減少させている。(東山温泉は横ばいからやや減少。)一般に大震災などの自然災害の後は風評被害が拡大し、入り込み客数は減少する。磐梯熱海温泉と飯坂温泉は例外的な存在であると言えよう。この要因として、両温泉が2次避難所として多くの避難者を受け入れたことや警察の救援部隊や工事関係者の宿泊拠点となったことがある。

 ただし、TDBデータで見ると逆の傾向が見られる。図3は「TDBデータ」に基づく県内各市の温泉旅館の売上高の推移を示したものである。


図3 市別温泉旅館売上高の推移(2010年度を100とする指数)
資料:「TDBデータ」により作成

 図3を見ると、磐梯熱海温泉の売上高は震災後ほぼ一貫して減少し、2017(平成29)年には2010(平成22)年の約8割の水準にとどまっており、入り込み客の増加が売上高の増加につながっていない。飯坂温泉を擁する福島市もほぼ同様の動きとなっている。これは客単価が大きく減少していることを示している。磐梯熱海温泉においても、復興は道半ばの状態にとどまっている。前述の通り、このデータは郡山市では磐梯熱海温泉の一部の旅館を対象として集計したものであり、全温泉旅館の合計を示したものではない。しかし、同じ旅館群を対象とし、継続的に調査したものであり、磐梯熱海温泉の動向を反映していると言える。

 図4はTDBデータに基づいて福島県内4市のホテルの売上高の推移(合計額を指数化したもの)を示したものである。


図4 市別ホテル売上高の推移(2010年度を100とする指数)
資料:「TDBデータ」により作成料:「福島県統計年鑑」により作成

 福島市、いわき市、会津若松市の3市は震災後売上高を大きく増加させているのに対し、郡山市だけは震災前水準は上回っているものの、横ばいの状態が続いている。この背景として、郡山市は東日本大震災による被害が中心部で大きく、復旧に時間がかかったことがある。特に郡山市では中心部の規模の大きなホテルが被災し、休業を余儀なくされたことが影響を与えていると考えられる。

 県単位のデータにはなるものの、図5に売り上げ規模別の温泉旅館とホテルの売上高の推移を示した。


図5 福島県におけるホテルと温泉旅館の売上階層別売上高の推移 (単位:百万円)
資料:「TDBデータ」により作成

 温泉旅館では、年間売上高5千万円以上層、ホテルでは同10億円以上層の企業の売上高が減少している。ホテルでは10億円以下層の売り上げが上昇しているのに対し、温泉旅館では5千万円以下層のみ売り上げが増加している。いずれも規模の大きな事業所ほど売り上げの減少が認められる。特に温泉旅館では、ホテルに比べてより幅広い階層で売上高の低下が見られる。この差が前述のようなホテルと温泉旅館の動向の差に表れているものと考えられる。

(初澤 敏生)