国内観測史上最大規模となった東日本大震災とそれに伴う原発事故は、教育界にとっても未曽有の災害であった。本市では、この地震により市役所本庁舎が甚大な被害を受け、庁舎5階の教育委員会事務局の機能を暫定的ではあるが市の災害対策本部が置かれた開成山野球場と電話回線が確保できた郡山市こども総合支援センター(ニコニコこども館)内の2ヵ所に移し業務の継続を図った。しかし、原子力発電所内の爆発による放射性物質の広範な飛散により事態はより深刻さを増すことになり、学校教育の復旧、復興への長く困難な取組が始まったのである。次に、この取組を四つの観点から記述する。
一つは、復旧、復興の最優先課題である全ての児童生徒が安全に安心して学べる教育環境の回復のために、立場を超え市民総がかりで様々な取組が進められたということである。誰もが経験したことのない災害で解決への正解が導き出せない課題も多く、さらに教員や市職員も含め市民の誰もが被災者でもあるという異常な状況の中で復旧、復興に取り組んだのである。例えば、避難所となった学校や公民館で保護者や地域住民、外国人の英語指導助手等がボランティアとして炊き出しや折り紙遊びなどの活動に取り組んだこと、市民から数多くの文房具やランドセルなどが提供され被災した児童生徒の手に渡ったこと、保護者や地域住民が放射線という目に見えない不安のなか児童生徒の安全のために校舎や通学路等の除染活動に積極的に参加したことなどが挙げられるが、それぞれの学校においては保護者や地域の理解と協力による多様な取組が進められたことは言うまでもない。また復旧、復興を進めるに当たっては、難しい判断を迫られる場面が数多くあったが、市当局と教育委員会、そして校長会との横断的で緊密な連携が適切に進められ、空間放射線量率の低減を図るための校庭の表土除去、低線量放射線下での屋外活動の目安となる3時間ルールの策定など、他の市町村に先駆けた取組が実施されたことは、市民参加の取組とともに、その後の本市学校教育の充実、さらには教育改革推進の基盤強化という点で特筆されるのである。
二つは、学校における児童生徒の安全の確保について深く考える契機となったことである。放射線から児童生徒を守りながら屋外活動の制約などにどのように対応し教育の質や内容を保障していくかが学校再開への大きな課題であった。そこで本市は「子どもたちを放射線から守るプロジェクト」を立ち上げ、放射線量の低減化、心のケア、情報提供と啓発、研修等の放射線対策を総合的に推進した。具体的には、バッジ式積算線量計による測定、甲状腺検査、ホールボディカウンターによる内部被ばく検査、毎日実施する給食及び食材の検査などにより児童生徒が受ける放射線量を把握するとともに、校庭の表土除去、プールや屋上、校地の外周部などの除染を行い施設全体の放射線量の低減に努めた。また、各教室への扇風機とよしず、保健室へのエアコンの設置による暑さ対策、そして屋外活動における3時間ルールの徹底や民間の屋内プール活用など、放射線の影響を可能な限り押さえながら教育活動の充実に努めたのである。また一方で、環境放射線の人体への影響等にかかる教員研修を計画的に実施するとともに、本市の学校における放射線対策等に係る情報を保護者や地域へ発信するなど、放射線教育や防災教育への意識を高めるための取組も併せて実施した。これらの経験がその後の持続可能な安全な学校づくりの理念に生かされることになった。
三つは、様々な人材や資源を活用した新しい学校教育の在り方を考える契機となったことである。低線量放射線下での健康への影響等の不安は誰もが感じ大きなストレスとなっていた。そのような状況を案じた郡山医師会の医師や看護師を始め、臨床心理士、運動や遊び面の学術指導を専門とする研究者、地元の企業経営者等の様々な分野の方々から、児童生徒の心や体の変化を見守り必要な助言や指導に当たりたいとの申し出があり、市当局や教育委員会との連携のもとに「震災後子どものケアプロジェクト」が立ち上げられ、児童生徒の健康安全、体力増進に大きな役割を果たした。また、放射線の影響が比較的少なかった湖南町の方々の協力により、その恵まれた自然環境を活かした体験活動「わくわく!湖南移動教室」を実施したことなど、多くの人材が学校教育に関わるという実績が蓄積され、その後の「チーム学校」「社会に開かれた教育課程」の理念の具現化へ生かされることになった。
四つは、多くの児童生徒が、復旧、復興を願う様々な支援者の善意や願いを体感する機会を得たことである。このことは、自らを大切に思う自尊心を育み、他者への感謝の気持ちを醸成する契機となった。日本国内はもとより世界の国々から多くの励ましの声や支援物が児童生徒に届けられた。また、定期的に交流を行っていた鳥取市の小学校からは、本市の全小学校に励ましの言葉がちりばめられた大きなパネルが贈られた。さらに和歌山市や奈良市など全国の自治体やNPO法人等から心身のケアや交流を目的とする体験事業の案内が寄せられ、多くの本市小中学生が参加した。これら多くの励ましを受けて、児童生徒は自らが生きる意味を考え、共に生きる人々の存在を知り、自らの世界を広げ、困難に負けず新たな可能性に向かう元気と勇気、命の大切さや他者を思いやる気持ち、感謝の気持ちなどを学ぶことができたのである。