広範囲にわたる被害甚大な自然災害後の公共施設復旧の優先順位で、美術館や博物館は最下位にランクされる。東日本大震災直後の郡山市立美術館も無期限休館扱いだった。しかし本震発生1ヵ月後のゴールデンウィーク前あたりから、市民から再開館の問い合わせが美術館に寄せられ始めていた。それは一部の市民が心の癒しの場を欲し始めていたためと思われる。また、原発事故により屋外活動を大幅に制限されたことで、児童生徒のメンタルケアに腐心していた学校現場からも美術館の早期再開が要望されていた。復旧優先順位が低いながらも震災から4ヵ月後に緊急工事を経て再開館を命じられたのは、美術館に「心の復興」という「災害対策業務」を期待されてのことといってもよいだろう。
2012(平成24)年以降の「心の復興」を求める代表的な事業が、他団体から様々な形での援助、協力を得て行われた4件の震災復興支援企画展である。
その最初が2012(平成24)年の「奈良市写真美術館所蔵・入江泰吉写真展」である。この企画展は、本来なら前年春に姉妹都市提携40周年を記念して行われる予定だったが、震災で延期となり、「姉妹都市提携」や「復興支援」を冠しなかったものの、事実上の姉妹都市提携40周年、そして震災復興支援の企画展である。この企画展には、仏像や大和路の史跡、風景など「祈り」をテーマとした入江泰吉(1905~1992)の写真92点が出品された。6月16日の開会式には仲川げん奈良市長が参列、入江の写真パネル5点が郡山市に寄贈された。また、奈良市はこの企画展オリジナルの絵葉書を作成、販売し、その収益は郡山市に義援金として寄付された。
その後、この種の企画展には「震災復興支援」の冠がつけられることになったが、その最初が2013(平成25)年の「愛知県美術館展」である。国内の公立美術館屈指の規模とレベルを誇る同美術館コレクションから、自然への思いと未来への希望をテーマとした66点が出品された。そのなかでも特筆すべきはグスタフ・クリムト(1862~1918)の世界的名作《黄金の騎士》の出品である。この作品はクリムトの個展以外には貸出さないという同美術館の方針を変え、復興支援の象徴として、特段の配慮により特別出品を受けることができた。様々な困難に立ち向かうクリムトの思いを騎士の姿に仮託した作品だが、被災地への無言のメッセージを携えた「騎士出陣」であった。
次は2015(平成27)年の「サントリー美術館所蔵品展」である。「夢とあこがれの形」をテーマとし、大和絵や江戸切子など、重要文化財3点を含む56点が出品された。うち、伝土佐光高《洛中洛外図屏風》など2点は、新たな鑑賞アイテムとして開発されたデジタル映像作品も実物とともに展示された。
次いで2016(平成28)年の「MOA美術館名品展」である。MOA美術館(静岡県熱海市)が誇る東洋美術の逸品から、野々村仁清《色絵金銀菱文茶碗》(重要文化財)や伝岩佐又兵衛《山中常盤絵》(同)、さらに豊臣秀吉や千利休などが手にした茶道具などの歴史的な名品が出品された。
これら4件以外の復興支援の冠のない企画展としては「バーン=ジョーンズ展」(2012年・開館20周年記念)、「オランダ・ハーグ派展」(2014年・ブルメン市との姉妹都市提携25周年記念)、「ブリューゲル展」(2019年1月・東京オリパラのホストタウン交流事業)、「みんなのミュシャ展」(2020年)などの海外美術展や、「三木宗策の世界展」(2015年)、「今泉亀撤のコレクション展」(2018年)、「石田智子展」(2019年)、「日本ガラス工芸の先達たち展」(2020年)など郡山市にゆかりのある美術展、さらには「手塚治虫展」(2012年)、「きかんしゃトーマス展」(2014年)、「リカちゃん展」(2017年)、「やなせたかし展」(2021年)などのサブカルチャー的なものまで、市民の多様なニーズに応える様々な分野の企画展を実施した。
ちなみに、これらの企画展のうち原発事故の影響を懸念する海外からの照会が2件あった。「バーン=ジョーンズ展」ではイギリスの美術館から空調フィルターの性能について、「オランダ・ハーグ派展」では館内外、とくに作品の展示、保管場所や、移動経路の放射線量についての照会がオランダの美術館からあった。後者は美術館の平面図中の指定された箇所に放射線量の測定値を記入したものを提出することで解決している。
これら企画展とともに、教育機関としての重要な事業として位置づけられている教育普及事業や学校連携事業も震災以前と変わりなく力を入れている。
また、この時期の復興支援的な事業として2015(平成27)年5月に「全国美術館会議第64回総会」が郡山市で行われた。2023(令和5)年5月現在で全国の国公立及び私立美術館410館が加盟する組織である同会議の総会は年1回各都道府県持ち回りで開かれるが、前回の福島県開催は1988(昭和63)年(ちなみに郡山市美術館建設準備室はこの時の総会で加盟が認可された)で、本来なら次の本県開催は2030年代のはずであった。しかし、被災地復興支援のため繰り上げ開催となり、また、前回が福島市開催だったので今回は郡山市での開催となったのである。郡山市立美術館は福島県立美術館などとともに幹事として運営にあたった。
5月28日、全国から約240人が参加して郡山ビューホテルアネックスで行われた総会では被災地の美術館への支援事業などが決議され、東京文化財研究所の佐野千絵氏が原発事故による文化財への影響などに関する講演を行った。翌29日の午前中は郡山市立美術館の見学が行われ、一部の希望者は午後から富岡町への視察見学に赴いている。