(2) 東日本大震災と郡山市の民俗

 2011(平成23)年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を発端とする大災害によって郡山市は大きな被害を受けた。その被害の実態については『郡山市史 続編4』に詳しく述べられているため割愛するが、建物や市民への影響だけではなく、市内の文化財にも大きな影響を与えた。国指定文化財の「旧福島県尋常中学校本館」をはじめとした建築物や、「石造塔婆(日吉神社)」などの石造物が被害を受けた。

 そのような状況下で『郡山市史 続編4』や『東日本大震災郡山市の記録』(2013)によれば、市指定の無形民俗文化財については、震災による被害はみられなかった。無形民俗文化財は使用する道具類の破損だけではなく、担い手が被災し、死去したり、怪我をしたりすることでも、存続が難しくなるため、被災がなかったことは不幸中の幸いといえるのではないだろうか。

 文化財の被害ではないが、福島県指定重要無形民俗文化財の「豊景神社の太々神楽」が奉納される郡山市富久山の豊景神社では震災により、神楽殿の基礎のずれや、神輿の損傷が発生した。その影響で震災の年には奉納することができなかったが、2012(平成24)年には修理を終え、神楽の奉納と同時にお披露目された(『福島民報』2012年4月10日)。

 同じように、郡山市指定重要無形民俗文化財である「柳橋の歌舞伎」では、活動場所の柳橋歌舞伎伝承館が被災した。定期公演の開催が危ぶまれたが、修理が間に合い定期公演が行われ、原発事故の避難者を招待した(『福島民友』2012年10月19日)。「柳橋の歌舞伎」は翌年以降も避難者を定期公演に招待している(『福島民友』2015年9月22日)。


図1 「柳橋の歌舞伎」の公演(2012年9月16日)

 東日本大震災に関連して、芸能の奉納を中止するといったものは2012(平成24)年以降の活動にはみられなかったが、関係者が利用する施設において、除染作業を行った団体もあり、この行動は東日本大震災に関係してみられた特徴的な行動である。