3.安積開拓官舎-旧立岩一郎邸(あさかかいたくかんしゃ-きゅうたていわいちろうてい)

 

市指定重要文化財(建造物) 平成3(1991)年8月20日指定

日本遺産構成文化財

所在地郡山市開成三丁目3-7
所有(管理)者名郡山市
アクセス郡山駅前から市役所経由静団地行き、市役所・柴宮経由免許センター行き、開成館下車徒歩6分
開館AM10:00~PM4:00 ※休館日あります
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 1872(明治5)年、福島県令安場保和により、開拓が決意されました。翌年、米沢藩士中條政恒が開拓掛として赴任してきました。

 1874(明治7)年「開成館」建設とほぼ同時期に、「福島県開拓掛」職員用官舎3棟が建てられたものと推測されます。3棟のうち一番官舎は、天皇行幸の折など政府高官の宿泊所にあてられたこともありました。

 1879(明治12)年、立岩一郎が郡山に開拓掛として赴任(後に開拓出張所長)すると、この一番官舎を使用し、後に、払い下げられました。

 1988(昭和63)年、立岩家により、土地・建物が郡山市に寄贈され、調査の後、1991(平成3)年~1994(平成6)年に解体・復元工事を行い、創建当初の姿に戻して保存しています。

 郡山ゆかりの作家久米正雄は、立岩一郎の長女幸の次男ですが、父久米由太郎の死により、立岩一郎を頼って郡山に引越して来ました。そして、安積開拓の時代を見つめながら過ごすことになったのです。

日本遺産構成文化財

 安積開拓時に設置された「福島県開拓掛」の職員用宿舎。明治天皇の御巡幸の際には、政府高官の宿泊所にもあてられました。

ちょっとブレイク

農学校の校長としても活躍

一般にはあまり知られていませんが、明治の初期に開成館内に県立の農学校が設置されていました。その設立のために尽力した一人が旧米沢藩から赴任した立岩一郎です。彼は開拓出張所長と兼務で農学校の校長も務め、農業を担う若者の育成にも努めました。