48.木造阿弥陀如来坐像(東光寺)(もくぞうあみだにょらいざぞう(とうこうじ))

 

県指定重要文化財(彫刻) 昭和30(1955)年12月27日指定

所在地郡山市湖南町中野字堰内2488
所有(管理)者名東光寺 (問合せ)千手院
アクセス磐越自動車道磐梯熱海インターチェンジから車で約40分
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 中地の大仏と呼ばれ、像の高さが約3mある東北地方最大の坐像です。寄木造り・漆箔仕上げの丈六阿弥陀仏で、大きく曲線を描く眉に切れ長の大きな目、整った鼻、やや小ぶりの唇の風格のある顔立ちをしています。

 『新編会津風土記』は、この像は源義家が三森峠における仏神の加護による凱旋の際に中地村の東方30町程の山中に一宇の堂を建てて安置したことに始まり、会津藩主保科正之が寛文年間(1661-1673)に現在地に移したものと記しています。

 胎内の支柱に、戦国時代の1563(永禄6)年から68(同11)年にかけて行われた大修理のことが墨書されています。藤原盛祐・盛恒が大旦那となり、岩瀬・会津黒河・上州の住人等が協力し、出羽国の仏師一伝等の手によって進められたとあります。盛恒は5つの村を領有する中地城主でした。(『新編会津風土記』)。

 後年火災に遭い、堂から引き出すために肩の部分を削り落としました。再度の火災に備えて、木車の上に乗っています。この時の損傷と前述の大修理のために、螺髪・両腕・腰部の作り等全体の調和と均衡を欠くところがあります。

ちょっとブレイク

なぜ木車の上に?

中地の大仏様は今も木車の上に安置されています。それは昔、近所で火事があり、村人が大仏様を大八車の上に乗せて避難させました。何年かして大仏殿は再建されましたが、また火事に遭うかもしれないと木車の上に移し、そのままになっているからだそうです。