161.白河・会津街道(太閤道 勢至堂峠)(しらかわ・あいづかいどう(たいこうみち せいしどうとうげ))

 

市指定史跡 令和7(2025)年3月21日指定

所在地湖南町三代字銅ケ峯3351-32
所有(管理)者名三代財産区 (問合せ)郡山市
アクセス磐越自動車道熱海インターチェンジより勢至堂トンネルまで車で約50分、勢至堂トンネルから徒歩15分。
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 白河・会津街道(太閤道 勢至堂峠)は、若松城下大町一之町から白河城下の奥州街道との分岐点に至る約66㎞の街道です。天正18(1590)年7月に、豊臣秀吉が下野国宇都宮・陸奥国黒川(会津若松)に下向するにあたり、小田原から会津へ至る街道に整備令を出し、この際に整備されたものと考えられています。この下向の際、豊臣秀吉は長沼城、次いで福良(現郡山市湖南町福良)と思われる場所に宿泊していることから、勢至堂峠を通っていることは定説となっています。

 その後も参勤交代や米をはじめとする物資の輸送にも用いられるなど、郡山市にとって貴重な史跡です。