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解題・説明
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1938(昭和13)年11月23日に市内七ツ池から出土しました。発見されたときは破片状態でした。底部に1cmほどの高台をつけ、瓶肩部にある瓶口は受鉢状をなし、総体に二彩で鹿の子斑状を配し、成形は丁寧な造りで、端正な姿をしています。陶磁史上極めて貴重なものです。 その製法は、中国の東周から漢代に始まり、唐代に至って盛んとなって、わが国には奈良時代に伝わりました。鉛、炭酸銅、鉄を用いて低火度で溶ける釉によって白地に緑・褐色・藍などの色釉をまだらにかけて発色させます。奈良正倉院に十数点の製品がありますが、上総国分寺(千葉県)出土の花文水瓶は、この二彩浄瓶とほぼ同型であり、また、愛知県猿投窯跡においても発見されています。 水瓶は僧侶の持物であり、非常の飲料水を確保するためのもので、「浄瓶」と呼びますが、この水瓶は「彩釉陶器」(二彩)であるところに重要さがあります。 なお、伴出した脚付壺形黒色土器は直径約10cmで、全体の約6分の1と底部が欠けています。頚部を欠く長頚瓶1個があります。 いずれも奈良時代からの貴重な遺物です。
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