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郡山市/郡山市デジタルアーカイブ

  1. 郡山市
  2. 郡山市の文化財(資料グループ)
  3. 切支丹墓碑(目録)
  4. 切支丹墓碑
目録内容
タイトル 切支丹墓碑
タイトル(カナ) キリシタンボヒ
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者
作成者(カナ)
作成者(ローマ字)
発売・製作者
発売・製作者(カナ)
発売・製作者(ローマ字)
製作年
製作年終
数量
形状
大きさ
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
収録時間
縮尺
その他の注記 「郡山市の文化財」解説ページを見る
言語 日本語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 如宝寺の境内にあり、凝灰岩造りで背は粗い「のみ目」の蒲鉾状をしていて、上部の種子の辺から二つに折れたのを、セメントでつないだ跡があります。正面にはあざやかに大十字章が見え、その下に「アバラカキャ」(訳して地・水・火・風・空)の五大種子と「覚心道好禅定門」の7字、その左右に「元禄七甲戊年八月二月菩提」の12字を彫っており、下部に大蓮華を彫刻してあります。大十字の四つの先は剣状をしています。
 この墓は、郡山の旧家川崎屋宗形氏の先祖のもので『如宝寺過去帳』にも「八月朔日覚心道好中町弥右衛門」と残っています。
 この碑は、子孫の者が父祖の菩提を弔うために建てたものであると思われますが、「転び切支丹」かどうかはわかりません。ただ、この地方に多くの切支丹がいたことは、種々の記録によりわかります。郡山、小原田に、1693(元禄6)年からの『古切支丹類族帳』{1670(寛文10)年、全国的に「宗門改め」に伴い制定され、明治まで続いた制度}が残っており、また、大槻の切支丹地域では、召し捕られて牢に入ったという記録もあります。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 郡山市
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 考古資料
資料種別
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 市指定重要文化財(考古資料) 昭和33(1958)年5月14日指定
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
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既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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