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解題・説明
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如宝寺の境内にあり、凝灰岩造りで背は粗い「のみ目」の蒲鉾状をしていて、上部の種子の辺から二つに折れたのを、セメントでつないだ跡があります。正面にはあざやかに大十字章が見え、その下に「アバラカキャ」(訳して地・水・火・風・空)の五大種子と「覚心道好禅定門」の7字、その左右に「元禄七甲戊年八月二月菩提」の12字を彫っており、下部に大蓮華を彫刻してあります。大十字の四つの先は剣状をしています。 この墓は、郡山の旧家川崎屋宗形氏の先祖のもので『如宝寺過去帳』にも「八月朔日覚心道好中町弥右衛門」と残っています。 この碑は、子孫の者が父祖の菩提を弔うために建てたものであると思われますが、「転び切支丹」かどうかはわかりません。ただ、この地方に多くの切支丹がいたことは、種々の記録によりわかります。郡山、小原田に、1693(元禄6)年からの『古切支丹類族帳』{1670(寛文10)年、全国的に「宗門改め」に伴い制定され、明治まで続いた制度}が残っており、また、大槻の切支丹地域では、召し捕られて牢に入ったという記録もあります。
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