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解題・説明
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如宝寺の東南側の墓地中にある高さ3.3mの凝灰岩で造られた五輪塔が、わが国の社会福祉事業史上でも特筆すべき業績を残した鈴木信教(1843~1892)の墓です。 信教は6歳の時に、僧の修行生活に入り、26歳の時に如宝寺の僧となりました。亡くなるまで、貧困家庭の子供たちに愛の手を差しのべ、彼らの養育に尽くしました。 彼の偉大な点は、養育にかかる費用を寄附などに頼らず全て自分の収入でまかなっていたことで、経済的な支援もなく、めぐまれない子供たちの父となり母となって、ありとあらゆる世話をしました。収容した子供たちの学業指導をはじめ、大きくなってからの就職の世話、女子には結婚まで面倒を見ました。こうして彼が養育した子供は200人以上に達したと言われています。このことは如宝寺に残っている信教自筆の『戸籍及び養育人明細履歴乳哺金帳』によってうかがい知ることができます。自分自身は粗衣粗食に甘んじて、多くの貧しい子供の養育に一生を捧げた鈴木信教は、郷土の偉人としてより多くの人々に讃えられるべきでしょう。
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