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解題・説明
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この板石供養塔婆は、今は廃寺となった日出山の真言宗千保山安養極楽寺から、宝光寺に移されたものです。 この地方としては大型の板石供養塔婆に属するもので、上部は切断されたものを補修復元しています。 右立婆意趣者先考和泉庄司 藤原 弘安六年癸未四月廿八日敬白
祐重 禅門当百ケ日忌辰奉為成仏也 と、造られた趣旨、紀年名(碑を建てたときの年月)がはっきりと読むことができます。種子は「キリーク」(阿弥陀)です。 この塔婆は、松平定信公の編集した『集古十種』に「安養寺の古碑」として収録されています。 この塔婆の石材は、当地方の産出である安山岩質凝灰岩です。形は板石塔婆の観念を破った製作法がとられ、頭部は通常三角頭部ですが、この塔婆は、半円状のくし型頭部のように造られ、頭部にあるべき二条の切込線がなく、全国的に見ても珍しい製法です。
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