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解題・説明
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安山岩質凝灰岩を使用しており、左の縁に「文永二年八月時正第一番」(文永2年は1265年)、右の縁に「右志者為過去悲母往生仏国也」と、年号と造った趣旨が刻まれています。 里町内の西側、杉の木立の丘の中に御堂があり、その中に石の箱があって、その内部に安置されて、現在も御利益ある阿弥陀様として近隣の人々の信仰を受け続けています。この塔婆については、『松藩捜古』の中で、元禄年間(1688~1703)に田の中から掘り出され、現在地に安置されたとの記述があります。 図柄は、阿弥陀如来、観世音菩薩及び勢至菩薩が右向きに彫られていて、表面は磨き、左右と背面は粗いノミの跡を残しています。 この形の石造塔婆は、安積郡と岩瀬郡にのみ特に数多く造られ、学術的にも注目されていますが、この塔婆は、当地方における初期の姿を示すものとして、石造美術上貴重なものとなっています。
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