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解題・説明
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一木造りで、頭部と体部を檜の一材から彫りだし、手などは別材をを用いています。素木のままで、毛髪に墨、口唇には朱を入れ、衣紋は浅く彫られています。 顔は豊頬ながら引き締まり、目は細く、耳朶が張っています。千手は、背面左右の肩下がりに縦長半月形の板を張って19臂ずつ付け、中央の合掌手と鉄鉢を持つ手は本体に接ぎ合わせてあります。頭部の化仏は頂上と正面、後方の3体のみ当初のもので、他は後補によります。 やや上方に過ぎる白毫、簡略化された背面の彫刻などから地方作であることは明らかながら、鎌倉時代の造像の特徴を示す貴重なものとされています。 『新編会津風土記』は、僧満月が1246(寛元4)年に書いたとする縁起に記された空海彫刻説を紹介し、戦国時代の伊藤薩摩守盛恒による観音堂中興の事と1602(慶長7)年の蒲生秀行による観音堂地年貢銭千手院負担分の免許の事を記しています。
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