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解題・説明
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善光寺式の脇侍として作られたものです。善光寺式とは、長野の善光寺の秘仏本尊を模して造られた阿弥陀三尊像をいいます。それは、中尊の阿弥陀如来と両脇侍が一つの大きな舟形の光背を背にして臼形の蓮台に立つという、一光三尊形式の立像です。脇侍の観音菩薩像と勢至菩薩像は全く同じ姿に作られ、宝冠をかぶり、胸前で両掌を上下に重ね合わせた姿勢をとります。 この菩薩像は、善光寺式の多くがそうである様に銅造で、高さが34.75cmあります。浮彫りの花形紋様のついた大ぶりの宝冠をいただき、面長の美しい顔立ちに作られています。 寺伝は、観音堂の建立を江戸時代中期の1775(安永4)年のこととしています。その時に、鎌倉時代の鋳造仏とされるこの脇侍一体のみが移入されたものと思われます。 『会津記』は、この浜から船出する者は「心を浄め、只々舟着き観音に誓可申候(ちかいもうすべく)」と記しています。
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