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郡山市/郡山市デジタルアーカイブ

  1. 郡山市
  2. 郡山市の文化財(資料グループ)
  3. 銅鐘(満福寺)(目録)
  4. 銅鐘(満福寺)
目録内容
タイトル 銅鐘(満福寺)
タイトル(カナ) ドウショウ(マンプクジ)
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者
作成者(カナ)
作成者(ローマ字)
発売・製作者
発売・製作者(カナ)
発売・製作者(ローマ字)
製作年
製作年終
数量
形状
大きさ
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
縮尺
その他の注記 「郡山市の文化財」解説ページを見る
言語 日本語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 口径63cm、高さ112cmの銅製の梵鐘です。中段の池の間に、この鐘を作るに至った経緯を記す長文の銘が刻まれています。そこには、満福寺二代の僧悦堂和尚の時に、「伊達政宗大勢、堂舎・仏閣・鐘楼堂・綯鐘供打破」したので、八代笠翁尊簔が綯鐘(とうしょう)再興の願いを大旦那の石田朝臣吉忠・同名吉次・高橋氏・渡部氏・桑名氏等に話したところ、これらの人々の奔走によって中地村民の協力がなり、1692(元禄5)年9月に実現したと記されています。末尾に刻まれた下野国佐野天明町の鋳造師井上元峰・藤原家次・同伝兵衛尉は当時一流の工人でした。
 『新編会津風土記』にも、満福寺に「鐘一口あり。径二尺一寸。元禄五年八世笠翁が時に鋳る」と記されています。
 この鐘は、作風が卑俗化しつつある江戸時代前期のものとしては、形が良く、音も美しく、その妙音は湖面を伝わって対岸まで届くと言われてきました。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 郡山市
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 工芸品
資料種別
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 市指定重要文化財(工芸品) 昭和43(1968)年3月13日指定
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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