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郡山市/郡山市デジタルアーカイブ

  1. 郡山市
  2. 郡山市の文化財(資料グループ)
  3. 上行合人形(目録)
  4. 上行合人形
目録内容
タイトル 上行合人形
タイトル(カナ) カミユキアイニンギョウ
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者
作成者(カナ)
作成者(ローマ字)
発売・製作者
発売・製作者(カナ)
発売・製作者(ローマ字)
製作年
製作年終
数量
形状
大きさ
大きさ(縦)
大きさ(横)
大きさ(高さ)
材質
形態に関する注記
保存状況
縮尺
その他の注記 「郡山市の文化財」解説ページを見る
言語 日本語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 上行合人形は、各部が別々に保存されており、頭50、胴16、手39、足32、衣装181、小道具40、楽器、幕、その他10、総点数368点です。頭の構造は、文学系と淡路系(鉄砲遣)の両方が交じっています。
 この人形を使っての人形浄瑠璃がこの土地へ伝わった年代はわかりませんが、江戸時代末には盛んであったといわれ、明治末年まで興行されていました。現在の保存箱には1854(安政4)年の銘があります。多くは村内で行われましたが、近郊から頼まれ、出かけることもありました。大正時代に入ると興行する人も少なくなり、1906~1907(大正4~5)年を境に廃絶しました。
 人形は水戸の縫左衛門という人が売りにきたついでに使い方も教えてくれたといわれ、また、年代は文化年間頃(1804~1818)という伝承もありますが良くわかりません。関下(現在の須賀川市)と合同で行ったのは明治末のようです。
 上行合人形は、関下のものと非常に似たものも多く、いずれも江戸後期のものと思われ県の重要有形民俗文化財に指定されている日和田町の高倉人形と同類のものです。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 郡山市
原資料の所在地
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 工芸品
資料種別
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 県指定重要有形民俗文化財 昭和53(1978)年4月7日指定
IIIFマニフェストURL
参照データ
関連ページURL
関連画像URL
自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 独自規定あり
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記
緯度・経度・高度に関する注記
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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