自然堤防と後背低湿地

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越谷地方の微地形のうち、自然堤防とは、河川が洪水のたびに河道岸に少しずつ土砂を堆積し、あたかも人工堤防のような微高地となったものである。このため、人びとは早くからここを集落とし、また畑地として利用してきた。ところで、市内の自然堤防で最も大規模なもの、いいかえれば、最も長期間にわたって流れつづけた安定河川で、水量もまた多かった河川のつくったものは、古利根川沿いの自然堤防である。幅は平均一~一・五キロメートル、水田面からの比高はいまでも二メートル前後を有している。元荒川の自然堤防も、古利根川筋に比肩し得るほどに大きい。しかし綾瀬川のそれは、幅も田面比高も前二者に比較すると格段に小さい。このほか、越谷地方の微高地には、川柳や蒲生地区の集落をのせている毛長川故道の高位三角州がある。この毛長川故道は、東武線の蒲生―新田両駅の中間付近で、つい数年前まで明瞭に認めることができた。

蒲生光明院うらの毛長川の河道跡

 かつて利根川や荒川によってくり返された河川の氾濫も、河道から遠く離れた後背地までは、堆積作用を及ぼすことがすくなかった。こうして、自然堤防と呼ばれる周辺の高まりからとり残された、相対的な低地が形成されていった。いわゆるこれが、後背低湿地と呼ばれる、越谷地方を代表するもうひとつの微地形上の特徴である。後背低湿地は、大相模、出羽、荻島、新方、増林等の集落から離れた、広い水田地域がこれに相当している。低湿地の中央部は、いずれも大きな池沼であったことが、湿生植物の遺骸からなる泥炭層および黒泥土層の存在から推定される。