かつての中川水系の魚類分布は、おおまかにいって、東京と埼玉の都県界に近い潮止橋を境にして、上流型と下流型に区分することができた。すなわち越谷地方を含めた潮止橋上流部では、コイ、フナ、タナゴ、マルタ、ウナギ、ナマズなどの生息がみられたが、下流部では、これらのほかにボラ、モツゴ、カレイ、カイズ、ハゼなどの河口魚もまじっていた(第9図)。もっとも、潮止橋付近の分布境界は、絶対的なものではなく、潮汐に影響され、河水の塩分や水位、流速に著しい周期的変化をみる、いわゆる感潮河川の末端であることに着目して設けられた境界にすぎない。当然、ボラ、セイゴ、サヨリ、ハゼなどの河口魚たちは、都市化や工業化によって水質が汚濁される以前までは、上流の元荒川まで遡上していた。河口魚にまじって、ときには、アユなどの清流魚の姿をみかけることもあった。
その後、昭和三十年代後半の高度経済成長によってひきおこされた自然環境の急速な悪化は、市内の魚類分布に大きな変化をもたらした。まず、ボラ、ハゼ、セイゴ、サヨリ等の河口魚の遡上がとだえ、次いで、マルタ、ニゴイが急速にすくなくなっていった。キャスリーン台風の際に、利根川から流入し繁殖していた草魚にいたっては、完全に古利根川、元荒川筋から姿を消されてしまった。一方、宅地化や工場進出による水質汚濁と前後する農薬の普及も、魚類の生息に破滅的な悪影響をおよぼした。とくに越谷地方のように、排水の反復利用型水田地域の被害は大きく、なかでも、ウナギ、ナマズ、ザリガニ、ドジョウ等は、絶滅寸前の状態に追い込まれた。しかし近年、農薬公害が叫ばれるようになってから、ふたたび増殖の気配をみせている。
生息環境の悪化にもかかわらず、比較的濃い魚影を保っているものは、フナ、ヤマベ、クチボソであるが、このうちフナは、かつてのマブナよりヘラブナが多くなっている。なお、以前は越谷地方の河川でみかけることのなかった魚で、最近めだって増殖しているのは、ハスとオカメタナゴである。
以上が越谷地方の魚類の分布とその変動の概要であるが、結局、農薬の影響を最も強く受けて絶滅または激減した魚は、ある程度まで地域の人たちの力でよみがえらせることはできても、清流型の魚や遡上魚を再び越谷地方によび戻すことは、市民の努力はおろか沿岸全住民の努力をもってしても、なかなか容易なことではないだろう。