米穀商人

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越ヶ谷宿の米穀商人としては米屋源助・米屋庄右衛門(以上文政十年)、紫屋万平・穀屋彦右衛門(以上天保八年)、彦右衛門・永楽屋作兵衛・宇右衛門(以上安政二年)、松本屋利兵衛・石塚屋喜兵衛・河内屋清吉(以上年不詳)らの名が、いくつかの史料の中にみえる(カッコ内は史料の年代)。

 このうち安政二年(一八五五)三月の「寄場役人名前書上帳」(越谷市史(三)三九四頁)によると、彦右衛門は宿場の問屋役人を勤める百姓で、持高が三六石余、そのかたわら穀物を商っている。永楽屋作兵衛は農業のほかに穀物醤油渡世をし、さらに宝暦三年(一七五三)より質屋も始めた百姓で持高三一石三斗余り、宇右衛門は年寄を勤める穀物渡世人で持高は一石余りであった。

 このほか天保年間の農間余業調査(越谷市史(三)四三一・四三九頁)では、東方村に百姓新六、西方村に百姓茂兵衛・同直次郎・同留五郎、蒲生村に百姓喜兵衛・同清左衛門・同源八などの米穀商人がいた。文化・文政・天保の頃になると、在方にも米穀を取り扱う商人が急増してきていることがわかる。

 これら在郷・在町の商人は米穀を農家から買いあつめ、おそらく江戸の米穀問屋などと取引をしていたであろう。なかには越ヶ谷新町の商人や、瓦曾根村の中村彦左衛門らのように、江戸の地廻り米穀問屋の手を経ずに江戸へ直売したとして、江戸問屋仲間から訴えられることもあった。こうした商品流通上のトラブルは、なにも江戸問屋との間に限らず、農民と米穀商人、あるいは米穀商人同士の間にもしばしば発生した。

 年代ははっきりしないが、四条村丘兵衛は平沼村(現北葛飾郡吉川町)の米穀商人半次郎を米代金滞り一件で訴えたが、その訴状のなかで米取引の様子をつぎのように述べている(越谷市史(三)四五四頁)。

 葛飾郡吉川村と平沼村は前々から吉川市という市場を開き、近郷村々の米穀その他の諸品を売買しているが、吉川市の米相場は〆売〆買によって、他の市場の相場にくらべてきわめて低値である。しかも代金の支払いは一ヵ月、二ヵ月、あるいは半年も先に延ばされる。このように吉川市の商人が強気なのは、吉川河岸の運送荷船一〇艘余を吉川市の商人たちが独占しているからである。すなわち船主はおもに吉川市の荷を専門に扱っている関係から、市場の手を経ず直接江戸積みしたいと思っても、素人売荷の米穀はなかなか運んでくれない。やっと市場の荷物のない時をみはからって江戸積みを頼んでも取扱いが疎略で砕け米が多く出る仕末である。このため、いやでも吉川市場で商品米を売買しなければならないのである。

吉川河岸の廃船

 先頃、江戸へ納める忍領分柿ノ木領八ヵ村の年貢米五四〇〇俵余の運送が、吉川市場の船主と、越ヶ谷宿売荷運送の瓦曾根村長次郎との間で入札に付されたが、長次郎がこれを請負うことになった。吉川市場の船主らはこれを遺恨に思い、柿ノ木領村々の農民に難題をしむけ、とかく迷惑をかけがちであった。そこで柿ノ木領村々では一同申合せ、特定の船主を指定して柿ノ木領の商品荷をこれに運送させようとはかった。しかしこれも船主仲間の問題となったので、当時は柿ノ木領村々からの運送荷は途絶えていたという。

 こうした頃、四条村名主丘兵衛は、金子入用に差迫り、越ヶ谷新町の米穀商松本屋利兵衛、同じく石塚屋喜兵衛方へ掛合い、作徳米一〇〇俵を売却しようとした。ところが吉川市の商人伝七ならびに半次郎の両名がやってきて、遠場の越ヶ谷町米穀商人に米を売られては、自分たちの商売の障りになり迷惑すると談じこんできた。丘兵衛は、自分の米を何処へ売ろうと他所から故障の筋はないと反論したが、越ヶ谷町の商人は吉川市の商人に遠慮し、ようやく米五五俵だけを現金で買いとった。このとき越ヶ谷町の商人は吉川市の伝七・半次郎から今後吉川市の近村へ米の買出しなどはしないよう、それとなく言われたという。

 その後、伝七・半次郎は、丘兵衛方へ掛買の米代金を残らず支払い、そのうえで江戸出しの正月初荷にするので、米五〇俵を購入したいと申入れた。そこで丘兵衛は、当年七月払いの約束で米四五俵を売却した。ところがこの米代金を半次郎が一向支払う様子がない。半次郎は、米穀の江戸出し商いをしている者であり、毎日一〇俵余の白米を搗立ててこれを江戸へ積送る程商売繁昌しており、そのうえ質商いはもとより、粕や干鰯なども手広く商売しているので代金に困って支払わないのではない。以前丘兵衛が吉川市場の商人に米を売らず、越ヶ谷町の商人に売ったのを遺恨にし、ただ丘兵衛を困らせようとしているのだ。

 以上が四条村丘兵衛の訴えの言い分であるが、農民は多少でも米を高く売却できる道を探して市場を選ぼうとしているのに対して、吉川市場の米穀商人は運送手段を支配し、隣接する越ヶ谷市場の米穀商人とせり合い、その市場圏内の米穀取引を独占しようとしていたことがうかがえよう。