天保七年六月十五日、越ヶ谷町の役人惣代三名が突然代官所に呼ばれた。この出頭命令は、天保四年度の凶作に際し、困窮者の救済成績が優良であったことを賞されたもので、勘定奉行明楽飛騨守からの感謝状が授与された。この誉れにあずかって喜んだのも束の間、当年は天保四年度にも増した全国的な大凶作になった。越ヶ谷市相場で、金一両につき白米七斗七、八升までに回復していた米価は、同年七月七日には早くも金一両につき四斗八升と急騰し、七月二十二日には同三斗四升と跳ね上った。このため越ヶ谷町では同月二十六日から再び困窮人へ施米を実施することになった。このとき本町組で施米を受けた家は九八軒であり、一軒あたり一斗一升宛、ただし独身者は六升宛の配給であった。続いて同年八月四日から二〇日間のあいだ、本町組裏店の困窮者一一〇軒に、一軒あたり一日米五合四勺を毎日施米した。

　こうしたとき、幕府は宿・村取締りのため関東取締出役を廻村させ、米・金を押借り同様にねだり取る者は厳重に取締るので、このような者がおり次第容赦なく取押さえ、早速訴え出るべしとの幕府の申渡しを伝え、地借・店借の者まで残らず請書に調印させられた。越ヶ谷町ではこのため困窮者の救済を中止したが、そのかわり稲の盗難防止のため、各耕地五カ所に稲番小屋を建て、家別二人づつの交代で徹夜の見張りを立てることになった。

　翌天保八年に入ると事態はいよいよ悪化し、一月二十七日の越ヶ谷市米相場は、一両につき二斗七升五合という前例のない高値をつけ、雑穀類も軒並み異常な高騰をみせた。二月に入ると、越ヶ谷町へも、風の便りで窮民救済のため叛乱をおこした大坂天満与力大塩平八郎の乱が伝えられ、人心は動揺した。さらに当地域においても、「誠に心細き時節、去暮より世間そうぞうしく、在方大家へ押込み押借り、又は盗人大はやり、夜中喧ましく寝られず、」と越ヶ谷本町の三鷹屋が述懐している通り、宿・村の治安は極度に悪化していたようである。これに対し幕府は、困民どもが徒党を結ぶ企てなどしているようだが、説諭しても応じないで騒ぐようであれば、場合により切捨てたり鉄砲で打払ってもよい、という強硬な触書を廻し、宿・村の取締りを強化しようとした。

　しかし越ヶ谷町では地借・店借層と対決することを避け、逆に同年二月二十一日、困窮者救済の施米・施金を再開した。このとき本町組では九一軒三一〇人の極貧者に、大人子供一率一人あたり銭四〇〇文、独身者銭五〇〇文の割で施金を行なった。続いて三月十五日から向う六〇日の間、三一八人の者へ大人子供の別なく一〇日目ごとに一人あたり白米一升宛を施米した。このとき越ヶ谷町では瓦曾根村の〝捨子養育所〟にも施米を行なっているので、おそらく瓦曾根村照蓮院内に捨子養育の施設が設けられていたとみられる。

　またこうした町内の施米施金とは別に、このときも地主方からその店子や出入りの職人に対して情実的な救済が行われていた。一例を越ヶ谷本町三鷹屋の場合でみると、同年四月十七日、「出入諸職人施行」として、金一分大工清五郎、金二分鳶喜兵衛、銭一貫文髪結金蔵、同家守須賀市、同飴屋はる、同料理人半兵衛、同四町野道五郎助、同袋町弥市等十七名、銭五〇〇文豆腐屋金二郎、同袋町与四郎などへそれぞれの割で施金していた。

　かくて米価高騰のピークは、三月十七日で、金一両につき玄米が一斗九升五合、搗麦が同じく二斗四、五升、小豆が同じく二斗七升、白米小売銭一〇〇文につき二合八勺という空前の相場を示した。その後次第に相場は値下がりをみせたが、同年七月七日には玄米一両につき二斗五升から三斗までと米価回復のきざしをみせ、同年十一月には五斗三升にまで値下がりした。こうして天保の大飢饉といわれた天保七年から同八年にかけての米価騰貴にも、越ヶ谷町高持百姓による困窮人救済により、大きな混乱もなく無事に飢饉を切抜けることができたのである。その後、しばらく平穏な状態が続いたようであるが、安政六年（一八五八）の水害による不作以降明治に至るまで米価は再び高騰を続けたので越ヶ谷町重立百姓による困窮人救済が毎年のように続けられたのは第31表のごとくである。