連合戸長制度のもとでひらかれた連合町村会については、谷中連合村会を例としてみてみよう。
明治十七年九月五日、開会された連合村会で、予算案提出について連合戸長井出庸造は次のように演説した。
何レモ本年ノ如キ創始ニ係ルヲ以テ、百事実費ノ見ル能ワザルガ為メ、本案ノ金額ハ皆概算ニ出ヅルモノナリ。然レ共、余モ亦人民ノ一人ニシテ、那ンゾ冗費ヲ好ムニアラズ。故ニ力メテ民力ヲ酌量シ、専ラ節減ヲ主トセン。深ク推考アツテ議了アラン事ヲ。
と。連合町村制の発足により事務、経費とも繁劇かつ多大とならざるをえず、加えてこの年は松方正義大蔵卿の金融ひきしめによるデフレ下にあって、米価は低落し、生活苦となっていることを勘案した上の予算編成であることを主張したのである。この案では新たな設備・備品費の捻出が問題となっている。このとき提出された予算案と審議のすえ増減された予算決議案をみれば第27表のようになる。
審議の結果、もっとも削減された費目は戸長役場費である。役場新築費、各村の定使(村内各戸へ役場の諸用を通知する人)賃などは全額が削られ、さらに給与、備品費も削減されている。役場の新築は県から指示されたのであるが、これを当面拒否することによって、支出総額は四四九円余に減額されている。これに応じて、収入も地価割、反別割とも減少している。当時の世情より当然の減額ではあったのであるが、現実には、村々でさらに固有の費用が課されているので、簡単に村費は減少したとはいえない。このような村段階の費用と、連合村段階の費用とは当初混乱があったらしく、十九年にはいって、あらためて「町村費取扱順序」が布達され、別々に町村費精算表をつくるよう指示されている。谷中連合村々では第28表の予算書が返されて、あらためて十七年度の予算・決算額を申告しなおしている。第29表がそれである。
費用 | 原案 | 決議案 | 備考 | ||
---|---|---|---|---|---|
円 | 円 | ||||
戸長役場費 | 703.133 | 345.355 | |||
内 | 雑給 | 229.20 | 137.80 | 小使,脚夫,定使,番人給 | |
庁費 | 470.933 | 216.933(?) | 役場修繕,備品購入 | ||
衛生費 | 48.80 | 48.80 | |||
内 | 衛生委員費 | 33.80 | 33.80 | ||
伝染病予防費 | 15.00 | 15.00 | 器械,予防薬購入 | ||
救助費 | 5.00 | 3.00 | 養育及窮民費 | ||
災害予防及警察費 | 5.00 | 5.00 | |||
内 | 災害予防費 | 2.00 | 2.00 | 消防費 | |
警備費 | 3.00 | 3.00 | 火之番人足 | ||
勧業費 | 15.00 | 25.40 | |||
内 | 勧業委員費 | 13.00 | 13.00 | 旅費,職務取扱費 | |
除害費 | 2.00 | 0(?) | 虫害予防費 | ||
会議費 | 28.533 | 21.535 | |||
内 | 給与 | 1.50 | 1.00 | 小使給 | |
議場費 | 27.035 | 20.535 | 議場借家代,議案編輯費 | ||
合計 | 805.466 | 449.09 | |||
収入 | 地価割 | 736.560 | 405.99 | ||
戸数割 | 68.96 | 43.10 |
「明治17年度南埼玉郡谷中村連合費予算報告表」(井出家文書)
科目 | 予算額 | 決算額 | 比較 |
---|---|---|---|
円 | 円 | 円 | |
支出 | |||
戸長役場費 | 345.355 | 293.486 | +51.869 |
会議費 | 21.535 | 21.535 | |
土木費 | 838.594 | 843.545 | -74.951 |
教育費 | 874.669 | 833.467 | +41.202 |
衛生費 | 48.80 | 35.93 | +12.87 |
救助費 | 3.00 | 0 | +3.00 |
災害予防及警備費 | 5.00 | 1.75 | +3.25 |
勧業費 | 25.40 | 22.80 | +2.60 |
合計 | 2,162.353 | 2,052.513 | +109.839 |
収入 | |||
地価割 | 1,010.229 | 1,010.194 | +0.530 |
反別割 | 688.054 | 693.045 | -4.991 |
戸別割 | 193.64 | 193.70 | -0.06 |
雑収入 | 115.44 | 114.72 | +0.72 |
地方税下金 | 161.79 | 154.99 | +6.80 |
合計 | 2,169.153 | 2,166.649 | +2.503 |
明治19年「明治十七年度谷中村連合費精算報告表」
表によれば、この費用は「連合費」の名称となっているが、のちには町村費と称されるようになる。これには土木費・教育費があらたに加えられた費目構成となっており、そのため予算・決算額も多くなっている。決算額は費目毎には多少の出入りがあるものの、全体として予算総額のなかでまかなわれている。総額のうち土木費は四一%余、教育費も四一%を占め、合計では約八二%にも達する。近代日本における町村財政上の特質は、すでに谷中連合村費のなかにもあらわれているのである。これに対し、収入は地価割・戸別割のほか反別割が大きな比率を占めている。土木費における用水普請費は、用水のかかる水田反別に課される場合が多いので、土木費に応じた反別割であろうかと思われる。雑収入は教育雑収入とあるので、寄付金か授業料収入と思われる。
十七年以後、連合町村会をもって各村の村会が代位される。村々の会議はそのために開かれなくなってゆく。そのことは町村会をその実質において各町村の人びとの自治的協議機関より遠ざけ、戸長の行政上の機関化とすることになっている。
右のような連合村会は、市域村々では谷中連合のほか一〇連合町村で開かれていた。このほか、十七年より二十年までの間に開設された、いわゆる一般の連合町村会とは異なった、学校、道路、水利に関する連合町村会がある。それらは第30表のごときものである。
会名 | 評決施行者 | 関係町村数 | 議員 | 議権(案) |
---|---|---|---|---|
人 | ||||
第14学区内船渡学校連合村会 | 北川崎村連合戸長 | 2ヵ村 | 6 | 船渡学校の件及経費 |
第8学区連合村会 | 見田方連合戸長 | 〃 | 6 | 第8学区の 〃 |
第11学区連合村会 | 砂原村連合戸長 | 5ヵ村 | 10 | 第11学区 〃 |
第14学区 〃 | 上間久里連合戸長 | 8ヵ村 | 8 | 第14学区 〃 |
第12学区及越ヶ谷学校連合会 | 越ヶ谷宿戸長 | 3ヵ町村 | 9 | 第12学区及越谷学校 〃 |
第15学区及袋山学校 〃 | 恩間村連合戸長 | 6ヵ村 | 12 | 第15学区及袋山学校 〃 |
第17学区及荻島学校 〃 | 砂原村連合戸長 | 4ヵ村 | 12 | 第17学区及荻島学校 〃 |
第5学区及柿木学校 〃 | 麦塚村連合戸長 | 4ヵ村 | 8 | 第5学区及柿木学校 〃 |
南百村外十二村連合会 | 〃 | 13ヵ村 | 13 | 南百浮塚間道路 〃 |
大沢町外九村連合会 | 松伏連合戸長 | 10ヵ町村 | 7 | 大沢西金野井間道路 〃 |
出羽堀悪水路水利土功会 | 谷中村連合戸長 | 11ヵ町村 | 7 | 出羽堀悪水路 〃 |
末田大用水路 〃 | 〃 | 23ヵ町村 | 8 | 末田大用水路 〃 |
須賀堀用水路 〃 | 恩間村連合戸長 | 19ヵ町村 | 7 | 須賀堀 〃 |
八条大用水及四ヵ村用水路 〃 | 見田方村連合戸長 | 35ヵ町村 | 12 | 八条・四ヵ村用水 〃 |
末田須賀堰枠 〃 | 84ヵ町村 | 22 | 末田須賀堰枠 〃 |