町村費

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しかも、政府による国費削減の方針が地方の負担をつよめ、協議費や地方税の増加に帰結したため、民権運動による財政批判も展開され、委任事務の遂行に支障を生じてきた。その結果、十七年には公共事務費の支弁を確保するため、町村費用の全般について滞納者に租税未納者処分規則を適用することとした。そして第29表(一一九頁)の谷中連合村の財政でみたような町村費目が指定される。

 このように、費用の内容を公共的費用に整備され、かつ費用の徴収に公法的保護を加えることによって、町村財政は公財政の性格を賦与されたことになる。連合町村会で審議されるこのような費用は、のちに「町村費」と称されるようになる。連合した村々が、各々の村落で協議する費用もいまだ継続したので、協議費の名称は消えてはいないものの、連合町村会の決議をもって、各村の会議を代位する場合が多くなってきて、町村費名称が一般化する。このような過程は、町村においては国政委任事務費を法的強制によって確保する途でもあった。町村の行政機関化が促進されるのである。