当時設立された農会の実態についてみておこう。まず農会規約をみれば、蒲生村の場合は次のような規定である。
南埼玉郡蒲生村農会規約
第一章 目的及名称位置
第一条 本会ハ農事ノ改良発達ヲ図ルヲ以テ目的トス
第二条 本会ハ南埼玉郡蒲生村農会ト称シ事務所ヲ南埼玉郡蒲生村役場内ニ置ク
第二章 会員組織及会費
第三条 本会ハ本村内農業者及土地所有者ヲ以テ組織ス
第四条 本会ノ会費ハ会員ノ負担トス 篤志者ノ寄附ニ係ル金穀物品ハ本会ノ費用ニ充テ若クハ其基本財産トシテ利殖ヲ図ルモノトス
第三章 会務
第五条 本会ノ会務左ノ如シ
一、上級農会ノ報告ヲ会員ニ周知セシメ及ヒ上級農会ハ農事ノ報告ヲナスコト
一、農産物品評会ヲ開クコト
一、種苗交換及売買ヲ媒介スルコト
一、虫害駆除ヲ謀ルコト
一、肥料共同購入ヲ謀ルコト
一、耕耘及栽培法改良ノコト
一、農具及土地改良ノコト
其他重要ナル事項
第六条(以下略)
農事改良を目的とし農業者および地主をもって組織するが、目的達成のための具体的な役割は品評会開設、種苗交換、虫害駆除など七項目を掲げている。そのために一般会員の研究の場合の談話会が設定され、農会の運営はまた各大字より選ばれた評議委員会と総会で行われることになっている。
このような規約は各村農会ともいずれも大同小異で、たとえば新方村農会の場合は会費は一戸当り金一〇銭と規定し、第三章会務にはこれらのほか「試験場ヲ設置及管理スル事」「獣疫及霜害予防ノ方法ヲ設クル事」の二項がつけ加わっている。桜井村農会も新方村農会にほとんど一致しているが(越谷市史(五)七〇頁)、これらは武里村農会規約と同一であった。当時政治的にも経済的にも郡下でもっとも先進的であった武里村に、これまたもっとも早く設立された農会の規約が各村の模範とされているのである。実態は上から強く勧奨されたこともあって、農会員は農業従事者の全員が加盟するに至っていない。たとえば桜井村では、当時全戸数三八六戸のうち専業農家は三〇三戸である。農会加盟者は二三一名である。会頭白鳥忠次郎以下すべて村内上層の地主自作層であった。蒲生村、新方村また他の町村すべて然りである。
農会組織は政府奨励→県の奨励→町村農会→郡農会→県農会の設立の順となったが、もともとは政府の農政方針をつよく推進するためのものであったから、創立期のこともあって当時は県・郡農会の指導性が強く、町村農会の独自性はあまりみられない。そこで、農会活動について各段階別にその特色をみておこう。