巡回文庫

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わが国で、学校教育とは別に「通俗教育」と呼ばれる社会教育的分野が特に注目を浴びるようになったのは、日清・日露戦役後のことである。通俗教育そのものは、すでに明治十八年の文部省官制中にも規定されていたが、これまであまり活発な施策はとられていなかった。

 日清戦役後は、まず図書館活動がとりあげられ、種々の規定も生まれたが、日露戦役後はとくにクローズアップされ、埼玉県でも明治四十二年学務課内に主として青年を対象とした巡回文庫が設置された。この巡回文庫は、県下を六方面に分け、さらにそれを四八区に区画して、各区に一つの文庫を置き、地域の町村立小学校長が文庫事務取扱者となった。文庫は各区を順々にまわされた。使用期間は一〇ヵ月、図書数は一〇〇冊に目録一冊、希望者には一週間以内の貸出しも行われた。なおこの箱には鍵が備え付けられていた。

 出羽村では、四十二年十一月二十六日巡回文庫の開始式が挙行されたが、当日は児童の成績物展覧会が催された。来賓として県視学・郡長代理が臨席するほどの盛大さで、それぞれ文庫に関する訓辞があり、後は茶話会・講演などが開催されている。また、四十三年六月、荻島尋常小学校に巡回文庫の第四二号が到着したことが沿革誌に記されている。

 この巡回文庫に納められた図書は次のとおりであり、一般教養・読物・趣味・実業等の本がみられる。

 

 巡回文庫図書目録(明治四十四年)

  少女文庫 桑ト害虫 世界歴史 世界地理 女子立身伝 料理手引草 婦女家庭訓 ふみかきぶり 処世小訓 母親の心得 新案はがき用文 動物ノ話 子女の教養 家庭理科 二宮先生一代記 少年世界読本 婦人のかゞみ 格竜 欧米漫遊雑記 武士道実話 武士道 西国立志編 意志の鍛錬 昆虫標本製作法 裁縫指南 自助の精神 蚕桑問答 地方自治要鑑 向上的処世法 相馬便覧 カーネギー 自彊術 陸海軍 謡曲文粋 快活ナル精神 衣食住 藤候実歴 銀行ト会社 椎茸栽培法製糸編 学生ノ前途 忠孝血涙譚 理科春秋 我家ノ新家庭 報徳教要領 植物雑話 入学受験準備書 福沢言行録 家屋ト庭園 講堂訓話 新島襄 魚鳥家畜飼養 最新広告法 大久保言行録 教育ト二宮尊徳 桃太郎 研究桃ノ栽培 王陽明言行録 二宮翁逸話 菊花培養大観 山崎言行録 日本名勝地誌 続園芸十二ケ月 藤田言行録 報徳分度論 浦島太郎 女子ノ衛生 養蚕豊作全書 家庭ノ快楽 女子ノ技芸 霜害予知研究談 家庭ノ教育 日曜講談 秋蚕飼育法 西洋笑府 教育術語界 武蔵坊 女子蚕業教科書 養蚕講義 座繰製糸法 簡易蚕桑問答 茶ノ湯ノ栞 裁縫ト手芸 生花ト盆石 農家行事便覧 養蚕教科書 (以上八六冊)

 

 利用の状況について、桜井村文庫取扱者である桜井尋常小学校長が四十三年四月郡長に提出した報告によれば、最も利用されるのは、農事に関する本、軍人の事蹟に関する本、教育に関する本で、利用者は新しい知識にふれ喜んでいるという。利用者数は、これまで一五歳未満一四人、二〇歳未満四人(うち女一人)、三〇歳未満五人(うち女一人)、三〇歳以上四人の計二七人(うち女二人)であった。ところが翌四十四年三月末日の報告では、第97表のように一〇一九人(うち女八六人)に達している。とくにお伽噺類の少年読物、口語体の仮名付小冊子などがよく読まれたが、要望される本は簡易な農業書、理科書、女子向き読物とのことであった。

第97表 明治43年度桜井村巡回文庫図書閲覧人員
職業 年齢
15年未満 20年未満 30年未満 30年以上
51 94 95 73 315
1 5 8 1 15
0 4 5 2 11
0 0 0 0 0
0 7 4 15 26
0 2 1 0 3
其他 495 20 24 44 583
52 10 4 2 68
546 125 128 134 933
53 17 13 3 86

 一方、県の巡回文庫とは別に県下では青年会の文庫、学校文庫、村立簡易図書館の設立が進められたが、市域では顕著な活動はみられず、四十一年十二月、大相模村の青年会が青年文庫の設立についてその計画が話し合われた程度で、村立図書館等の設立は昭和期を待たねばならなかった。