米穀検査の実施は米穀の品質向上をもたらし、地主の利益を増大させたが、小作米納付に伴う小作人の労費の増加が最も大きな問題とされた。県は各郡にこの指導をおこない、地主から小作人に対して「奨励米」を交付することによってその労費の増加の補償をおこなわせた。南埼玉郡では生産米一俵に対して甲米は一~三升、乙米は一升~二升、丙米は五合~一升の小作奨励米を給与し、俵装料は一〇銭ないし五合を支給すると定めている。ただし、郡内二一の町村では丙米には支給しておらず、また俵装料を支給しているのは三ヵ町村にすぎない。南埼玉郡は、米穀検査に伴う小作人への給付水準が低くおさえられている地域と思われる(『埼玉県議会史』第三巻七六四頁「小作奨励米給与協定割」参照)。
米穀検査の開始にあたっての地主小作人間の協定を、出羽村の「生産米改良並ニ俵装改良ニ付協定書」を例としてみると、大正四年八月一日大字ごとに地主小作人連署の協定が成立している。村長の面前で結ばれたその協定の概要は
一、小作米俵装はすべて改良の二重装として一俵四斗三合入れとする。
二、俵装、産米改良のため地主は小作人に当分石当り二升の米を給与する。
三、小作人は基本的に甲、乙合格の生産米を折半して地主に納入すること。
四、小作人がすべて甲合格生産米を地主に納入する時は地主はその分石当り三升以下の奨励米を給与する。
五、丙米納入の時は別に地主小作間の協定が必要である。
六、天変地異等により協定が適用しがたき時は地主小作人間で協定を結ぶ。
というものであり(越谷市史(五)八三六頁)、この協定では南埼玉郡の小作奨励米の水準よりも低い給与水準であり、基本的に丙米の小作料納入を認めないことなどとも関連して、地主の立場が優位に置かれている。南埼玉郡の米穀検査事業の推進にあって地主会の設置を必要としなかった理由は、こうした地主小作関係における地主優位の反映でもあった。