すでに述べたように昭和二十三年になると、政府は超過供出の特別価格を決定し、農民の供出に対する意欲を高揚しようとしたが、越谷地域の多くの村々は低湿地域であり、その上、治水灌漑の不備も加わり、例年のごとく水害、冷害、病虫害にみまわれ、供出完納の困難は二十年代後半にはいっても続いたようである。
村々からは連年、供出割当ての是正や軽減、供出米特別還元を求める歎願書・陳情書が、県知事や農林大臣にあてて提出されている。
たとえば二十三年、出羽村から「出羽村米供出割当是正陳情書」が、農林大臣に提出されている。それによると、
本年産米実収高は余りにも頭初事前割当てとの差違著しく到底完納の見込みを失い、斯ては現下国家再建の原動力にも申すべき食糧確保に至大の影響を及ぼす事を慮り日夜苦慮致し居る次第であります。(中略)
当地方本年の実収高は(中略)平均反収一石八斗弱であって、事前割当の反収基準二石二斗三升二合との差違実に反当り四斗三升二合の大幅なる減収を来し、若夫れ裸供出せんか明日の食糧に事欠く事実は明瞭であります。斯る状態の下に不供出罪の発動におののき再生産の準備が出来るでありませうか。茲に於て吾々一同は連名を以て血の叫を訴へ、大臣閣下の御明鑑に依り弱き農民を御救済賜る様陳情申上ぐる次第であります。
とてその実情を訴えている。ここには二十三年七月に公布された「食糧確保臨時措置法」によって示された事前割当て数量がいかに重く農民の上にのしかかっているか、農民はまさに〝血の叫び〟をもってその是正を訴えている様があざやかにのべられている。
さらに二十四年には、この地域の村々はキティー台風による被害をこうむった。出羽村では、このときは「不供出罪におののき」、出血供出をして辛うじて供出を完遂したが、二十五年十月には、供出米特別還元についての歎願書を埼葛地方事務所に提出した。それによると、供出完遂農家に対し、特別還元の配給が行なわれたが、「保有量を割って供出した数量が、余りにも多量なので相当多量の不足を生じ、此のまま放置する時は、他より借用して食継ぎをした農家は、返済米の為め二十五年産米供出に支障を来す状況」であるとし、完遂農家特別還元の追加を歎願したのであった。
このように、国家経済の再建は農民の犠牲のもとに強行されたので、農民の多くはきびしい苦難の道を歩まされてきたのである。しかも政府は二十四年インフレの収束を理由に、超均衡予算を編成した。これをドッヂラインと称したが、農業に対する課税はいよいよ強められた。このため農産物価格の下落をよび、農業恐慌の状態が現出した。こうして農民のなかには耕作を放棄する者も現れるに至った。第8表は二十四年三月一日時点の川柳村における耕作放棄の状況調査表である。これによると、すでに耕作が放棄された耕地面積は九町一反歩に及んでいたが、さらに二十四年度中の放棄見込戸数は、一五戸一〇町歩であると報告されている。そして耕作権の放棄の理由として、「是レ供出米ノ割当ガ、実態調査ト相違アルタメ、完収高ト供出米割当ト反比例ス。依テ農林省ニ於テ実収高ニ依リ補正サレン事ヲ望厶ルモノナリ」と述べている。
放棄原因別 | 戸数 | 田 | 畑 | 計 | |||
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今回買受農地 | 既存自作地 | 小作地 | |||||
耕作を放棄して荒廃したもの | 供米によるもの | □ | 13反 | ― | ― | ― | 13反 |
税金によるもの | ― | ― | ― | ― | ― | ― | |
其他労力不足等 | 3戸 | 17反 | ― | ― | ― | 17反 | |
耕作を放棄したものを他の者が耕作しているもの | 供米によるもの | 4戸 | 40反 | ― | ― | ― | 40反 |
税金によるもの | ― | ― | ― | ― | ― | ― | |
其他労力不足等 | ― | ― | 21反 | ― | ― | 21反 |
(昭和24年3月1日現在)