自治体警察の廃止

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昭和二十六年七月、政府は警察法の改正を布告した。これには新警察法第四〇条の三によって住民投票の手続きを経れば、自治体警察を廃止し、国家地方警察にこれを移すことができるとうたわれている。ここで各市や町では自治体警察の存廃をめぐり、はげしい論戦が展開されたが、越ヶ谷・大沢町でも自治体警察の廃止をめぐりその賛否は大きく分れた。このうち廃止賛同派の主張は、

  昭和二十三年三月以来三年有五ヵ月、越ヶ谷・大沢町警察は、町民の警察としてその自主性を遺憾なく発揮し、両町の治安の確保・交通の安全、青少年の教化等、その努力の功績はまことに推奨に値するものがあります。わけても親しみのもてる警察として、町民各位に朝夕接する警察職員の明朗さは、自治体警察としての本領を惜しみなく示してくれました。

としながらも、

(1)警察をこのまま存置することは、経費があまりにも重く、その負担にたえられない。

(2)警察職員三〇人以下の警察署では、十分な警察力を発揮できない。

との理由を挙げて廃止に賛同を示した。両町の町長はじめ執行部でも大勢は廃止に傾き、七月二十五日の町議会において廃止を決議し、八月二十日に賛否の住民投票を行なうことをきめた。

 また草加町においても、「三年有余自治体警察を維持して参りましたが、毎年四百万円近い多大の経費を要し、町財政の負担が過重であること」を挙げ、さらに、

  当町は東京都北千住・浅草に接近する県南部の関門として治安上の重要地点である関係から、車輛・鑑識・通信等装備の優秀な機動力に富んだ、強力な国家地方警察を設置して、万一の事態発生の場合治安の万全を期したいこと、当町に行政の中心地として種々町勢繁栄を期待できること、自治体警察は人事の行詰り等があって清新な気分に欠けること

などを理由とし、同じく七月七日の町議会においては、自治体警察の廃止を前提として、八月八日に賛否の住民投票を行なうことをきめていた。

 一方廃止反対論のうち、越ヶ谷・大沢町公安委員会が発行した「警察法の改正について」のなかから、その主なものを挙げると、

  長い間中央集権的国家警察の下に生活して来た国民は、警察といえば直ちに国家的事務の如く考え、国家警察こそ本来の姿であるかのように誤った考えをもっている人もありますが、これは飛んでもない間違った考え方であります。あくまでも市町村こそ警察の基盤でありますから、町村が自らの警察を廃止してこれを国家に返上するということは、折角与えられた基本的権利を放棄することであり、地方自治の発展を最も尊重している新憲法の趣旨に逆行するも甚だしいものであります。地方自治の本旨は基本的人権尊重の思想に基き、住民自治の精神にあるのであります。個人に個性があるごとく、各市町村にはそれぞれの歴史と伝統があり、市町村警察の特性はそうした市町村独自の歴史と伝統のもとに、市町村の個性を生かして警察の諸執行務を運営できる点であります。これに反し、町村警察を廃止して国家警察になれば、そこに配置される警察官はひとしく公僕とはいっても、やはり官吏という観念で行動することになります。従つて警察運営の方針も、町村の実情に即さない画一的なものとなり、町村警察の如く、その持ち味を生かすと云ふことは困難となります。さらに国家警察ともなれば、その職員はしばしば転任ということがある為に、いわゆる腰掛け的気分が生じ易いのに反し、町村警察には転任がないために、一つの仕事に対してどこまでも責任と熱情をもってこれに当り、勤務は勿論、日常の私行についても常に町民の公僕として、その注視の中にあるために、無自覚なことは出来ません。

とあり、まず地方自治体と警察との関係についてその本質論を展開し、さらに両者の利害得失を挙げて自治体警察の必要性を強調している。ついで町警察の廃止は町財政にどのような影響を与えるかを具体的な数字を示して説いたのち、町警察が国警察になった場合、今まで町で負担した警察費が、「そのままそっくり浮び上るかと言いますと、なかなかそうは簡単には考えられません。いろいろの面でさまざまな名目で負担が被いかぶさってくることは容易に考えられ、われわれ町民の負担は絶対に軽減はされないと思うのであります」といっている。

 その理由としては、国家警察の予算をその職員の人頭割にした金額は、一人当り三一万円、これに対し自治体警察一人当り平衡交付金は一六万円、これに町費で補う分を加えると署員一人あたり二三万七〇〇〇円である。つまり警察がすべて国警になるとすれば、国警予算署員一人当り三一万円から平衡交付金一六万円を差引いた一五万円という余分な財源を新たに必要とする。これはなんらかの形で町民に跳ねかえってくるのは明らかである。したがって財政的に多少の負担はまぬがれないとしても、町財政がそれで助かるというものではない、としている。

 さらに「町村警察は果して警備力が弱いか」についても、種々な面から具体的な例を挙げ、「名実共に確固不動の態勢の下に、輝やかしい民主警察の実績を挙げつつある」として、財政的に警備的に町警察の存続はこれ以上無理であるとする廃止賛成論に強く反論していた。

 かくて八月二十日、町警察存廃の住民投票が行なわれたが、その結果は第16表のごとくであり、廃止賛成が多数で、ここに越ヶ谷・大沢町組合警察は廃止と決定した。ほかの市や町でも同じく廃止がきまり、すべての自治体警察は国家地方警察に移されることになった。このように自治体警察廃止の原因は、いずれの市町も財政負担の圧迫を理由としたが、かえりみれば、地方自治体の財政貧困とともに、長い期間にわたる国家権力の支配に馴れてきた住民意識の遅れにもその要因の一端があったことは否めない。

第16表 自治体警察廃止賛否投票
町別投票数賛成反対無効
越ヶ谷町1,24296122457
大沢町77765011710
2,0191,61134167

 ともかく越ヶ谷・大沢町は、住民投票後、自治体警察が使用した一切の建物(官舎を除く)や財産を国家地方警察に無償譲渡し、越ヶ谷・大沢組合警察は越ヶ谷地区警察署に統合された。同時に組合立の公安委員会も廃止されたが、これにともない同年十一月、越ヶ谷地区警察署管内各町村は、「治安維持に協力し、警察活動を援助してその実現に寄与すること」を目的に、改めて越ヶ谷地区治安協会を結成した。このときの会長には越ヶ谷町長が選ばれ、副会長には大相模と新方の村長、理事には大沢・出羽・荻島・大袋・桜井・増林・川柳の各町村長が任ぜられた。