西 天明三卯年
(朱書)
「関東筋村〻損毛之趣ニ付、夫食ニ藁餅可致幷御
法度書を以御触」
此度関東筋村〻損毛之趣御奉行衆被及御聞、夫食ニ
相成り候藁餅之儀仕法御達被成候間、此節早〻村〻
江得と仕法申聞セ拵立、夫食之足し合ニ致候様銘〻
支配所ニ可申渡候、別藁餅仕法書左之通り
藁餅之仕法 もちにしてむらし候を臼にて
春候得はよろしく候
生藁を半日も水につけて置あくを出シ、能〻砂を洗
落し穂ハ去根元之方ニて細かにきさみ、夫をむし候
て干立いり上臼ニて挽キ細末ニ致候、右わらのこ壱
升ニ米之粉弐合程入水ニてこね合餅のよふニしてむ
し候哉、又はゆで候て塩カ味噌を付候て食事ニ致候
事、又きなこ付てもよし、右之米の粉之代りニハ葛
わらひの粉又は小豆の粉候てもよし、右藁餅御仕法
書村〻写取之惣百姓江申聞セ、得と承知為致早〻拵
立夫食足し合ニ可致候、此廻状村下致印形無遅滞順
達留村ゟ可相返候以上
卯十月 布施弥市郎
役 所