十字屋テーラーの火災

217~218/236ページ

原本の該当ページを見る

 冷たい木枯(こがら)しが吹きだすころになりますと、火事のニュースが多くなります。越谷でも幾度か大火事がありましたが、昭和三十三年十月三十日の夜半におきた、越谷町(この年の十一月市になりました)越ヶ谷一六三二番地(現赤山町三丁目)の十字屋テーラー越谷工場の火災は、六人が死亡、一〇人が重軽傷を負うという大きな惨事(さんじ)となりました。

 この火災で死傷(ししよう)した人は、山形県や秋田県、福島県などから工場の寮(りよう)に住みこんで働いていた人たちでした。

 十字屋テーラーは紳士服(しんしふく)をつくる工場で、昭和十六年ごろ建てられた木造二階建て、二〇二坪(約六六六平方メートル)の建物を昭和二十七年に買いとり、一階を工場に、二階を寄宿寮(きしゆくりよう)にあてていたもので、五六人の従業員(じゆうぎよういん)が働いていました。

 このうち二階の寄宿寮には六畳間(ろくじようま)七室に二〇人の人が寝起きしていましたが、その多くの人が亡くなったり、けがをしたわけです。

 助かった人の話では、「火事だという声で目をさましたときは、ドアのあたりまで煙でいっぱいでした。すぐ窓をあけ鉄の柱をつたわって下に降りましたが、階段から下に降りようとした人は、煙にまかれて逃げ場をうしなったようです。火事の原因はまったく心あたりがありません」といっていました。火事の原因ははじめはわかりませんでしたが、その後の調べで残業していた人がアイロンのスイッチを切り忘れたということだそうです。

 またこの年はとくに火災の多い年で、同年三月十日には大沢で一五戸全半焼の火災、同四月二十二日には大沢中学校の火災などがあって、十字屋テーラーの火事は六番目であったということです。火事は本当に恐ろしいものですね。火事をおこさない注意をするのはもちろんですが、もし火事になったらどうやって逃げるか、ふだんから家の中をよくみて考えておくことも必要ですね。

さしえ・大徳美智子氏