一 人未タ嬰嬬の乳臭き頃は父母を愛し慕ふ事至て切也
父母も又其子の孩稚の時は愛念殊ニ深し是ハ其初ハ血気は
分ると雖未タ胎を出て日数なく扨一二歳の頃ゟ其孩然にて
笑をなし父母ニ親ミ其面を見知る類ひ他人も他愛に足れり
況所生の父母なれは然るへき也是則其地自然進化の如理ニ而
禽獣魚鳥のたくひと雖此情は変る事なし此情愛無れは
人も子ヲ生むを厭ひ撫育をもしらしとセハ生々相続の道は
施申へし鳥獣のたくひハ無智の微□成共其子の纔に
胎外を脱するの際ニありてハ乳飲[ちを/ふくむ]哺啄[もの/くらふ]の事皆必
其愛を抵む若外ゟ其子を傷け毀らんとすれは是を守て
身をも不顧人は猶更慈仁の心有ハ父子母族の愛深けれ共
纔に長するの後父子の方漸し厳になれは愛慕の
情は遊て疎々也父母よりしてハ其子の孝の至らさるを
責子ハ又父母の慈愛のふかきを望む人ハ寄物ニ客たれは能
おもひ□へは父子たかひに反り求め自ら責むるの道有へし
然るニ父母の恩の広大なるハ其子幼稚の日愛念撫育の深言
を以て尽し難きものあり子として能是を思ハゝ父母在生はもと
よりの事没後の祭祀迄何程心を竭したり共万分の一
にも及難かるへし碩言ハ其地生育の恩人に及ふか如し
何程其地の恩を謝せんとても万一の一にも及ふへけんや
然るを風寒湿にて其地を怨咨するは罪の大なるものニ
非すや
詩経の蓼莪の篇に父母の恩深遠高大成事をいひ
たるあり其終に是か徳を報ハんと欲する共昊(コウ)天
□しなしと云う