二四一 天保九年十一月 店借証文

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(登戸関根家蔵)

  入置申店借証文之事

海道向耕地 [屋敷畑四セ拾九歩/  畑弐セ拾八歩]之内

 一畑壱枚 此家作壱棟 但間口四間半梁間弐間

             [弐間/弐間]居宅続裏角家

  店賃畑方御年貢共

   永壱貫百八拾文

      内永五百文 [是ハ右家為修復料年〻/御渡被下候筈ニ付引]

  残永六百八拾文

右は貴殿当村ニ所持被成候田地屋敷畑四セ拾九歩、畑二セ拾八歩之内家作壱棟、貴殿江相願借家いたし住居仕候所実正也、然ル上は右店賃畑方御年貢とも書面之通壱ヶ年永六百八拾文ツゝ年〻十一月中貴殿江無遅滞相済可申候、右家修復料年〻御渡被下候義ニ付、修復不残可仕候、我等儀貴殿御気ニ入不申候歟、右地所御入用之節は何時成共三日之内立退右店貴殿江相返シ可申候、御気ニ入住居いたし候ハゝ此証文を以何ヶ年も御差置可被下候、且拙者住居いたし候内、如何様之義出来いたし候歟右店賃畑方御年貢共差滞候ハゝ、受人引受弁済いたし、貴殿江御苦労懸ケ申間敷候事

一御 公儀様御法度は不及申ニ村並之儀相背申間敷候、人受口入人宿博奕諸勝負之宿、喧𠵅口論かさつケ間敷儀仕間敷候事

一宗旨之儀は代〻浄土宗ニ而、当村報土院旦那ニ紛無御座候、寺受状御入用次第差出可申候、為後日店借証文相渡申所如件、

  天保九戌年十一月   登戸村

              店借主 徳次郎(印)

             蒲生村

    登戸村       受人  清次郎(印)

     三郎兵衛殿