三九一 安政三年八月 越ヶ谷宿医師召捕に付釈放願

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(慶応大学蔵)

  乍恐以書付奉歎願候

            斎藤嘉兵衛当分御預り所

            武州埼玉郡越ヶ谷宿

                 医師 元旦

右之もの義、今般御召捕当時御調中之趣承り何共奉恐入候得共、一鉢平日医業専ニ心懸病人等出来同人を相頼候、時ニは遠近之無差別昼夜風雨も不厭病気見廻リ、窮民之者江は施薬いたし呉相助り、然処当夏已来引続暑厳敷村〻之内熱病多分出来、殊ニ其頃迄同人薬手当請候病人之内ニは、其後薬用届兼死失亦ハ長病ニ相成候者有之、困窮難渋人は不及申、夫〻之者共一同当惑且ハ若輩不身持之者有之候得ハ、自分方江引取置実意ニ異見等差加へ真説ニ取扱呉、医業之間素読指南仕候ニ付師弟之間柄之もの有之、今般之次第ニ至候段難見忍、不便至極歎敷奉存、不恐顧村〻一同挙而御歎願奉申上候、何卒格別之以御慈悲同人身分共此上幾重ニも御憐愍之御沙汰偏奉願上候、以上

           斎藤嘉兵衛当分御預り所

            武州埼玉郡四丁野村

  安政三辰八月       名主 角太郎

            同断神明下村

               同  保太郎

      私領

 谷中村   神明下村  荻嶋村   砂原村

 小曾川村  袋山村   後谷村   西新井村

 同 私領  長嶋村   越巻村   七左衛門村

 私領 同村 大間野村  登戸村   小林村

 花田村   大房村   大林村   大里村

 上間久里村 下間久里村 大泊リ村  弥十郎村

 大吉村   向畑村   川崎村   大松村

 船戸村   瓦曾根村

  右村〻

追而御他行之御方有之候ハゝ御村中御役人中ニ而御印形被下候、尤廻状御[ ]【虫喰】

以廻章得其意候、残暑強御座僕得共各〻様方益御勇権【ママ】ニ被成御勤役珍重不斜奉賀僕、然は宿方元旦老子先達而御取締様方ゟ御召捕ニ相成、当時御調中ニ御座候得共、老年ニおよひ長〻入牢ニ而は一命之程も難計何共歎敷奉存候間、近村之自愛を以此度其御筋へ歎願仕度奉存候、就而は御加勢之程願上度則願書認相廻し候間、御名前下并継印共奉願候、此廻状御承引被下持廻リ之者江御渡し被下候、以上

  辰八月朔日    四丁野村名主 角太郎

           神明下村同  保太郎

        三右衛門様

        縫殿様

        新内様

           【外二六名連名宛略】

     右次第不同御用捨候、