県下の入会山野は証明となる公文書がほとんどなく、官有林とされることが多かった。入会山野の官有林編入は農民の入会慣行を制限することになり、そのため林野下戻運動を展開させることとになった。山野の入会慣行が停止されると農民の死活問題に発展することも考えられ、林野下戻は入会慣行に便宜を与える方針で進められた。
一九〇二年(明治三十五)、入会山野の下戻を受けるため、各町村より証拠物件と図面を添えて申請することになった。部落有林野は町村有とされて町村の基本財産に編入され、管理された。表19は米川村と他村との入会山野のみを示したものであり、下戻を受けた林野は関係町村と協議の結果、一九〇七年二月整理が完了した。なかには複雑なものがあり、瀬戸村字長尾・字石観音・字平野・字梁の山林は瀬戸村が二分の一、残り二分の一のうち末武上村が五分、生野屋村が二分六厘、末武中村字西河原組が二分、末武下村字山根組が四厘のように細分化されるところがあった。
大字 | 字 | 面積 | 入会慣行村 | 整理方法 |
| | 町 | | |
瀬 戸 | 長 尾 | 15.5000 | 米川・末武北・末武南 | 1/2米川1/2末武南北 |
石観音 | 11,9100 |
風呂ケ迫 | .5013 | 米川 久米 | |
麦ケ浴 | .5116 | |
井手ケ迫 | 4.3819 | |
芋 畠 | .7500 | |
桃ノ木 | 4.5010 | 1/2米川1/2須々万 |
上平谷 | .4828 | 須々万村有 |
地極谷 | 3.0400 |
〃 | .1400 |
〃 | 1.0000 |
坪 江 | .3215 |
大藤谷 | 流 田 | 2.1620 | 米 川 須々万 | 米川村有 |
上石田 | .1121 |
岡ノ原 | .0922 |
下 谷 | チサノ木 | .3401 |
猿ケ羽山 | .3315 |
東久保 | .0927 |
白砂川 | 25.2310 |
金ケ峠 | .5620 |
長 畠 | 1.9410 |
〃 | .0500 |
帆 柱 | .200 |
| .0511 |
貞 久 | .0406 |
東久保 | .0104 |
大原 | .1224 | 須々万村有 |
若太郎 | .1301 | 米川村有 |
〃 | .0620 |
古 杉 | 11.4701 |
〃 | .0801 |
上相山谷 | 1.3310 |
上大迫 | 7.3610 |
瀬 戸 | 平 野 | 7.2000 | 米川・末武南・末武北 | 1/2米川1/2末武南北 |
梁 | 60.2910 |
下 谷 | 滝 山 | 34.2916 | 米川・末武北・末武南・久米 | 1/2米川1/2米川以外 |
「米川村村会議録」(大正11、村有林管理方法)による |
久保村の下戻林野(表20)は比較的単純に整理が進んだようである。表21の末武北村は証拠書類未発見として申請したが、下戻を受けることができた。一九〇二年末武北村の下戻林野のうち生野屋村中ノ迫の山林を砂防造林とし、また従来の使用を認めるため草刈場無料使用条例を定めた(「末武北村事務報告」)。他の町村も無料使用条例を定め法定化した。
大字 | 字 | 面積 | 入会村と整理方法 |
| | 町 | |
山田 | アセリガ谷 | 6.0000 | 山田・大藤谷各1/2 |
迫 田 | 1.9310 | 山田・生野屋各1/2 |
河内 | 洲通 | 3.8810 | 河内・山田・生野屋各1/3 |
上ノ浴 | 1.7218 |
北山 | 2.7913 |
石ケ迫 | .5026 |
臼切 | 1.5813 | 河内・来巻各1/2 |
一ノ坂 | 24.0027 | 河内・東豊井・西豊井各1/3 |
中河原 | 12.3720 |
鑓出 | 11.7705 |
生薮 | 8.2800 |
大 字 | 字 | 面 積 | 入会慣行村 |
| | 町 | |
生野屋 | 中ノ迫 | 1.9314 | 生野屋 |
ヲゴフガ浴 | 3.5425 |
友 石 | 6.3228 |
藤治ケ迫 | .0021 |
白 迫 | .0506 |
白 迫 | 4.5614 |
末武上 | クユメ迫 | .1015 | 末武上・末武中西河原・ 末武下山根 |
石 城 | .6118 |
大 地 | .0200 |
石 合 | 9.9309 |
横 谷 | 2.1420 |
大 崩 | 11.8327 |
大 浴 | 1.9806 |
末武中 | 貸 山 | 1.1611 | 香 力 |
末武下 | 石 城 | .8510 | 末武下山根・末武上高塚 |
中 尾 | .4228 |
譲羽村と久米村の山野(表22)は久米村、末武上村、末武中村、末武下村の四カ村の入会慣行があった。山野下戻を受けたのち四か村が協議して所有歩合を決定し、整理した(「末武北村村会議事録」)。下戻林野の整理方法は、その三分の二を芝草採取地、三分の一を造林地とし、山林として不適当な土地は売却して入会慣行を整理し、また管理を区分けすることであった。下松町は一九〇七年(明治四十)森林二五一町二反のうち森林として管理するものを七五町九反とした。
大字 | 字 | 面積 | 整理方法 | 入会慣行村 |
| | 町 | | |
譲 羽 | カナラシ | 5.9312 | 久米1町9312、残4町歩を3カ村共有 | 久米 末武上 末武中西河原 末武下山根 |
田ノ口 | 15.9413 | 久米9町9412、残6町歩を3カ村共有 |
〃 | 7.8019 | 久米村へ譲渡 |
平 野 | 34.0108 |
赤 薮 | 8.1506 |
峯 | .0500 |
大 迫 | .1424 |
滝ノ上 | 1.5810 | 久米村以外3カ村の共有 |
魚 切 | .1600 |
〃 | 2.0828 |
峯 | 25.1100 | 久米1/3・残2/3を3カ村共有 |
坊師ケ垰 | 4.2500 | 久米村以外3カ村の共有 |
鋳治谷 | 2.8900 |
〃 | 7.6500 | 久米1/2・残1/2を村3カ共有 |
久 米 | 桶 尻 | 2.3500 | 久米1/2・残1/2を2カ村共有 | 久米 末武上 末武中 |
猿ケ馬場 | 0.118 |
切 堤 | 5.6700 |
空 山 | 10.5809 |
大 平 | .6000 |
〃 | .0200 |
小 迫 | 10.3415 | 久米1/2・末武中1/2 | 久米・末武中 |