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県道の整備

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 下松地域の主な県道は岩国・柳井・平生・室積・下松を通って徳山に至る海岸線、下松・末武南・花岡・米川に至る下松本郷線、鹿野・米川・八代・呼坂・田布施に至る鹿野田布施線、下松本町から久保へ至る高森下松線などであった。山口県では国道についで県道の整備を進め、県道に準じた主要道路は、県内二五の仮定県道に指定した。室積・下松・徳山の海岸線は第三号仮定県道となり国道に準じて改修され、一九一三年(大正二)県道に編入された(『山口県会史』上巻)。
 下松本郷線は米川・中須の各地域と下松・徳山を結ぶ唯一の主要路線であったため、早くから改修が進められた。米川村は一八九五年(明治二十八)より幅九尺に村費支弁で改修し、一九〇一年、仮定県道編入を出願するとともに、改修のための寄附金募集に苦慮している(「米川村庶務一件」)。
 一九〇六年すでに改修され、県道に匹敵する里道は県道見込線として県費支弁とする県の方針によって、一九〇七年、下松本郷線は県道見込線に編入され、県費で七里余が改修された(『山口県会史』上巻)。一九二〇年(大正九)になり県道に編入された。鹿野田布施線は一九〇一年から県費の補助をうけ三万八五〇〇円余をかけて二カ年継続で改修された(同)。一一年米川村の村費でも改修され、二〇年郡道となり、二三年県道に編入された(「米川村村勢台帳」)。