藤田市長の二期目を迎えた一九八〇年度以降の財政再建後期は、前述のように計画外の税収に恵まれ、再建の仕上げを行うと同時に、市長の公約である市民福祉の充実と明るい郷土の建設に努力を傾注し、表18のような大事業をつぎつぎに完成した。しかし、なお市民の生活環境の整備と教育施設の整備促進等に関する要望は山積している状況であった。一方市財政は、新規企業の立地も経済の安定成長期への移行によって見通しが不透明で、固定資産税やその他の市税の増収に多くを期待することができない状況となった。
表18 1980年度~82年度主要事業 |
(単位:千円) |
事業名 | 総事業費 | 竣工年月日 |
香力保育園建設事業 | 135,924 | 81. 3.25 |
久保小学校建設事業 | 459,792 | 81. 2.28 |
花岡小学校屋内運動場建設事業 | 144,279 | 81.12. 1 |
豊井公民館建設事業 | 222,262 | 82. 3. 1 |
末武第二住宅建設事業 | 112,434 | 82. 3.31 |
栽培漁業センター建設事業 | 110,310 | 83. 1.31 |
保健センター建設事業 | 398,837 | 83. 3.18 |
末武中学校建設事業 | 458,117 | 83. 3. 1 |
こうした情勢の中で財政再建の完了を目前に控え、今後さらに進歩、発展する社会情勢と多様化する市民意識に対処するため、市行政に新たな対応が求められることとなった。そこで市は、七二年策定した基本構想の見直しを行い、第三次全国総合開発計画、第三次県勢振興の長期展望、さらに周南地区広域市町村圏計画などの諸計画と整合性を保ちながら新時代の進展に対応した下松市基本構想(基本計画を含む)を八二年十月市議会で議決、策定した。
この基本構想は、①財政再建後の下松市行政の基本である民主化、能率化、総合化の三原則を旨とした行政の合理的運営、②財政の収支均衡、財政構造の弾力性の確保、行政水準の確保向上の三原則をふまえた財政運営の健全化、③行政運営の効率化を図るための広域行政の推進、の三行政目標の推進により、市勢の躍進を図ろうとするものであった。望ましい都市像(活気に満ちた発展するまち、健やかで住みよいまち、かおり高い文化のまち)実現のための方策を示したものである。この基本構想は八〇年度を基準年度として、八五年度の行政のあり方を求め、一〇年後の九〇年度を目標年度としたものである。基本となる人口は表19のように産業の振興策(表20)を講ずることによって着実な増加を想定したものである。
1980年 | 85年 | 90年 |
人 | 人 | 人 |
54,803 | 60,000 | 63,000 |
区分 | 1980年 | 85年 | 90年 |
人口(人) | 構成比(%) | 人口(人) | 構成比(%) | 人口(人) | 構成比(%) |
第1次産業 | 1,483 | 5.9 | 1,200 | 4.2 | 1,200 | 4.0 |
第2次産業 | 11,232 | 44.4 | 14,100 | 48.9 | 14,600 | 48.3 |
第3次産業 | 12,579 | 49.7 | 13,500 | 46.9 | 14,400 | 47.7 |
計 | 25,314 | 100.0 | 28,800 | 100.0 | 30,200 | 100.0 |