久保(くぼ)の岡市(おかいち)に、「高良社(こうらしゃ)」と呼ばれる小さなお社があります。このお社には武内宿禰が祭られ、石段を少し登った小高い山の上にあり、いかにも古びた感じがします。
このお社の麓に、少しばかりのお墓が建ち並び、その端の方に古びたお地蔵さんがあります。このお地蔵さんを、近所の人たちは「息の地蔵さん」として、大切にお祭りしています。
むかし、この地方に大変悪い風邪が流行しました。そこで人びとは、いろいろと手あてをしましたがなかなかなおりません。それどころか、風邪はだんだんひろがって、息もつまるほど咳(せき)が出てとまりません。そこで誰いうとなく、これは何かのたたりに違いないと日頃から信仰しているこのお地蔵さんにお参りして、風邪が治り、咳が止まるようにお願いしました。
ある酒の好きな男が、風邪をひいていては好きな酒も飲むことができないので、大事な酒をもってお地蔵さんにお参りし、一心にお祈りをしました。この男は帰る時に、一升徳利の酒をお地蔵さんの頭から全部かけて、これで悪い風邪も治ると安心して家に帰り寝こんでしまいました。
翌朝起きてみると、あんなにひどかった風邪が、嘘のように治り咳(せき)も止っていました。喜んだこの男は、早速またお地蔵さんにお礼参りをしました。この話を伝え聞いた近所の人々は、このお地蔵さんのご利益(りやく)にびっくりするとともに、近所はもちろん、遠方からもわれ先にと、お酒を持ってお願いにお参りするようになり、このお地蔵さんの前には、一時「市(いち)」が立つ程であったといいます。
なかには、ひどい喘息(ぜんそく)で困っている人も、何とか助けてもらおうとお参りし、不思議と病気も治ったということです。そのために、小さな地蔵堂が建てられ、お参りの方たちにご祈祷(きとう)もして下さったと伝えられています。
このため、近所の人たちは、今でもこのお地蔵さんを、「息の地蔵さん」として大切にし、息の病気になると、お酒をもってお参りし、はやく病気が治るように頼んでいるということであります。