こんど長州 長門の国よ 長門の国では 赤間が関よ
関に千軒 並びはないが 萬小間物(よろずこまもの) 京屋の娘
その名かくせぬ おすぎとやらは 関の若衆の 大的(おおまと)となり
歳が十九で 当世育ち 立てば芍薬(しゃくやく) 座れば牡丹(ぼたん)
歩く姿は 姫百合(ひめゆり)の花 頃は四月の 薬師の頃よ
薬師参りの この北橋で ちょろりと見たが 坊さんじゃないか
それを見るなり 早や恋となる うちに帰りて 二階に上り
一間二間と 七間の奥で 硯引き寄せ 墨すりにごし
思う恋文 さらさら書いて 書いて封をして 血糊(ちのり)を押して
運ぶ使いが 誰ぢゃと聞けば 寺の使いは 寺総代で
文の使いが 寺三吉よ これを三吉 和尚(おしょう)に渡せ
和尚手に取り おしいただいて 一間二間と 七間の奥の
明り障子で 開いて見れば おすぎ良い手じゃ よい筆たちだ
おすぎこの手で 女書ならぬ 極楽浄土(ごくらくじょうど)に 文なら無用じゃ
これを三吉 おすぎに返せ おすぎ手に取り おしいただいて
一間二間と 七間の奥の 明り障子で 開いて見れば
さては残念 文返されて 丸木橋より 恋文落し
いかに都の 円照寺とて 忍びかけたら 忍ばにゃおかぬ
落しかけたら 落さにゃおかぬ さあさ今から 円照寺寺へ
行ってくどくよ 勝気な和尚 上に着るのが 黒もく小袖
下に召すのは 白羽二重で 帯は一番の 博多の帯よ
とんとたたいて 背中に廻し しゃなりしゃなりと 円照寺寺へ
夜のことなら 早や門閉まる 門に腰かけ 沖眺むれば
沖の大船 帆かけて走る あれを見ていて 気が勇むのに
坊さん見たなら 尚気が勇む 裏に廻りて 潜戸(くぐりど)開けて
坊さ寝間なる 雨戸にすがり 坊さ坊さと 二声三声
起しや坊さが ふと目をさまし わしを起すは どなたでござる
まさかお化けか 迷いの者か はいよお化けでも 迷いでもないが
文をつけたる おすぎにござる 開けてくりゃんせ 喧嘩(けんか)は中で