一族または地区の者が、予め定めた家に集まり、前夜より物忌潔斎(ものいみけつさい)をして日の出を待つことが、古義で神の来臨を迎える、信仰形式の現れである。
「日待」は太陽信仰の現れであり、かねて一般の祭祀(さいし)の意にも通ずるものがある。その間にある種の競技とか、娯楽飲食等の行われることから、後には単なる娯楽飯食の会合、新年宴会に解されるようになった。
現在当市の各地で行われている。「日待」は純粋の祭事である。年の始めの吉日(正月すぎや、立春すぎの吉日の意)を選び、家に神々(天照皇大神・宅神等)をお迎えして、その年の家内の健康と安全、事業の繁栄、一家の幸福を祈願するもので、宅神祭も同様の祭りである。市内の各家々でも神主を招いて盛んに行われている。その中で、東開作・大海町では「惣日待(そうひまち)」といって、地区中で日待講の形をとって今も続けている。これは町内の中で、本当(ほんとう)・脇当(わきとう)(数軒であたる)を決め、当屋の家に集まり、諸準備を整え、祭事の後飲食を行い、各戸に神符・供物・しめを配布している。