35 金比羅祭(こんぴらまつり)(琴平神社(ことひらじんじゃ))

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 祭神は「大物主之神(おおものぬしのかみ)」、「白岑神(しらみねかみ)」で、祭られた由緒(ゆいしょ)など、詳しいことはわからない。金比羅さまをお祭りした小祠は、下松市内に十数社と多い。
 祭神の「大物主之神」は、「大穴牟遅神(おおあなむじのかみ)」の和魂(にぎみたま)で、一般に言う「大国主命(おおくにぬしのみこと)」である。「白岑神」は、崇徳(すとく)天皇のことと考えられる。金比羅さまの本社は、讃岐(さぬき)の琴平町の象頭山にある。もともと金比羅神は、航海の安全を護(まも)る神として、船に乗る人の信仰を集めているが、この神は、竜王といわれる仏教神であったが、水神として大漁を祈る神になっている。
 金比羅は、梵語(ぼんご)の「クンピーラ」の音訳といわれ、古来から、ガンジス河に住む、ワニの神格化されたものである。もともと仏教がもたらした南方神で、中世に及んで、垂迹(すいじゃく)説の影響を受けて金比羅権現(ごんげん)とよばれ、祭神を「大物主之神」とした。
 室町以後江戸時代にかけて、信仰は爆発的なものとなり、各地に勧請(かんじょう)され、海上安全・海難救済等の守護神とされ、漁民や、海運業者が信仰した。また、酒の神・軍(いくさ)の神・農業神・国土守護神・地主神等の神格ももっている。
 寺迫(てらさこ)の琴平神社は、近頃旧社地から現在地に移転されたもので、御祭神を奉祀している石祠(いしほこら)の側面に、文化十二年(一八一五)乙亥(きのとい)、二月吉日と彫られているから、今から百六十余年前の創建ということが知られている。
正面の鳥居には、安政三年(一八五六)三月吉日と彫られているから、百二十五年前に建てられたものである。奉寄進村中(むらじゅう)とあるが、東豊井村全村中のことか、東豊井村の小村(こむら)・寺迫(てらさこ)村中のことかわからない。
 海岸に近いので船に乗る者や、沿岸の漁業者が航海の安全や豊漁を祈願して、建てたのかも知れないし、農業神・地方神としての神格もあるので、村中で祭ったものであろうか、今も春のお祭りは盛大に行われている。琴平町の町名はこの社からつけられたともいう。