1、末武耕地整理記念碑(すえたけこうちせいりきねんひ) (大海町水源地(おおのみちょうすいげんち))

142 ~ 143 / 171ページ
 末武平野の耕地整理のために、末武北村(花岡村)と末武南村区域の農家が合同して、耕地整理組合を結成し、約七〇ヘクタールの耕地整理として、主に暗渠(あんきょ)排水、区画整理を行った。これによって、排水不良の一毛作田は見事な良田となり、二毛作が可能となり、農道も整備され、耕作も便利になった。
 大正六年(一九一七)二月に着工し、四年後の大正十年(一九二一)三月に竣(しゅん)工した。この時の工事費は約二万八千円であったという。
 この記念碑は、高さ約二メートル程の自然石で、碑の文字は、時の農商務大臣「荒井賢太郎」の書で、次のようにその台石に書かれている。
  都濃郡末武南北両村
  相接之地卑低沮洳排
  水不便特有嘉穀没泥
  之患農耕太難有志者
  憂之有平矣万相謀欲
  整理耕地以為大礼記
  念事業大正六年二月
  起工十年三月竣工経
  費約二万八千余円得
  良田七十余町歩交通
  之便灌漑之利兼備於
  是農収追年而加復無
  昔日泥水停滞之憂口
  郷黨欣然刻石以伝於
  後世云
    大正十二年二月十一日
    山口県知事従四位勲三等 橋本正治
    山口県立下松工業学校長
      従五位勲五等    後藤秋太郎書
  なお碑石の裏面には、組合長 古谷小作
           組合副長 堀 喜代彦
   外評議員六名 組合議員二十三名
  碑石寄付者の氏名が刻まれている。