その後観音堂は再度もとの禅定寺山に移転され、都濃郡内の諸庄屋の願出によって、五穀成就の祈願所となったことが明らかである。
更に享保八年(一八二四)に至り厚狭郡藤河内村の分国寺を引寺したが、明治四十年頃廃寺に至っている。これらの経緯について『寺社由来』寛延二年(一七四九)には詳しく述べられているので長文であるが掲載しよう。
分国寺 都濃郡末武上村真言宗
由来書
覚
一当寺観音、周防三拾三番の札処の内拾弐番の観音、往古は禅定寺と申伽藍御座候と申伝也、何頃か及破損、観音堂も不被建置仕合ニ相成候由、夫故同村の内高禅寺山え堂御下ケ仕、其後亦花岡八幡山の内え右の堂造り候て、閼伽井坊預りニ相成候由ニ御座候、然所ニ其節末武村以の外田作虫枯強不熟ニ付及困究(窮)ニ候、因茲御百姓中存寄候ハ、限有禅定寺致大破、其上観音堂迄八幡山え取下ケ造り候故共ニては有之間鋪やと此段歎申候、依之往古の通、禅定寺山堂屋敷古来よりの堂屋敷有之ニ付、元禄拾六年の夏花岡閼伽井坊より御断申出候、則御免許相成候夫故早速当山堂屋鋪え観音堂造り申候、其後宝永六年丑の秋、都濃郡中より御断申出候て、郡中五穀成就の祈願寺建申度候、只今迄ハ存寄次第ニて詰り不申候、向後は諸村一同ニ何とそ禅定寺観音堂護摩所ニ仕度と御断申出候処ニ御免被成、夫より花岡閼伽井坊隠居良長罷登、前年正五九月ニ五穀成就の御祈祷護摩執行相調来り候、右の御祈祷料として年々郡中より米四石三斗五升宛御裏判物辻を以相立申候、此段願出の儀は郡中諸庄屋中より連判を以願出事、右の御祈祷料願出の書付御判物は毛利八郎左衛門殿御役中の御裏判物有之候事
一右の禅定寺山観音堂、只今ハ分国寺と申候、此段は古跡中絶仕候所ニ右の通り元禄年中ニ取立相成候、然共観音堂計りニて捨置候時ハ亦々破損ニ相成、堂守も無之様ニ可相成、然時は限有霊場又可致破損と存、地下中より歎鋪存居申候、然処に享保八年の秋、厚狭郡藤河内村の内秋里数馬殿地(知)行所ニ分国寺と申絶破古跡御座候由及承、彼地より申請置、閼伽井坊より御理申出、引寺被差免候様ニと本寺満願寺へも願出候処ニ、被差免ニ付御役所え御断申出、引寺御許容成シ被下候ハヽ自力を以寺建立可仕と御断申出候処ニ、御免の御裏被成被下、夫より当寺分国寺と相成り申候、依之先住法印良長は当山中興開山ニて御座候、厳島西方院ニて剃髪仕候、夫より致招請、閼伽井坊永住の内、彼寺再建立仕候、当寺の儀も被致永住候、然処ニ七拾余ニて元文五申の八月廿九日病死仕候則当寺中興開山ニて御座候ニ付書記差出申候事
一彼の僧の墓ハ当山の内南の方ニ御座候事
一良長死去の後、法縁の僧番僧仕居申候、其後拙僧儀延享弐丑の夏より住職仕候事
一本尊千手観音
但、御長ケ三尺三寸立像、恵心僧都の作
一脇立不動毘沙門
但、御長ケ六尺有余、弘法大師御作也
一観音堂棟札写
于時慶長十一年［丙午］檀那山本吉右衛門尉為現世安穏後世菩提也
(上ニ梵字アリ)奉再興末武庄箱谷山禅定寺本尊千手観音図師当時依為無縁所
十一月吉祥日 右大工藤井主水取同(ママ)又三良同新三良
釘旦那下松西市浅海佐六為息災延命也
此御堂再興正保三天三月三日令満作同十七日ヨリ同十九日二夜三日開帳仕候郡中薫集畢
于時正保三丙午卯月吉祥日 願主閼伽井坊宥慶
末武村諸旦那中
［梵字］奉再興箱谷山禅定寺千手千眼観音一宇之事
勧物ヲ以調畢
其以後御図師地伏布板等年々雨露ニ損シ申ニ付取膳
普請相調四月三日午之刻令安置訖
大工下松西市弥三右門
正徳二壬辰年 大工佐藤太左衛門
聖主天中天 世界領主大梵天王 小工浅田喜右衛門
迦陵頻伽声 大旦那松平民部大夫吉元公
奉新建立三間四面観音堂一宇右為令法久住利益人天所造立供養畢
哀愍無生者 大願主帝釈天王 願主阿闍梨良長欽建
我等今敬礼 小野新右衛門
十一月吉曜宿 施主大庄屋野村清左衛門
但シ、裏ニ梵字有之
右の通棟札三枚御座候事
一観音堂三間四面 但、四方ニ四尺板縁有之候事
一観音堂の儀は古来より末武上下両庄屋存内中より諸普請仕候事
一中興開山良長法印より只今迄第二世
一本寺の儀は萩満願寺ニて御座候事
一寺四間ニ六間半ニて御座候事
但、表向六畳三間、裏向七畳半壱間、三畳壱間、四畳半壱間、其外くりニ相成候事
一屋敷の儀ハ古来より堂屋敷ニて御座候故、畝石無御座候事
一御当家は不及申ニ、他家の御証拠物等一切無御座候事
一仏絵其外縁記の類一切無御座候事
一宝物の類其外勅額勅筆の類詩歌の類一切無御座候事
一末寺其外社頭の儀ハ不及申、限有古墓抔も諸事無御座候事
右の前書の通当寺由緒書如此御座候、此外諸事伝記無御座候、以上
寛延弐年巳ノ 都濃郡末武上村真言宗
三月七日 分国寺(印)
井上武兵衛殿
次に『風土注進案』も同様のことを記している。即ち
眞言宗白谷山分國寺
(附箋、後筆)「△慶長十一年ノ觀音堂棟札ニ箱谷山禪定寺トミユ、白谷ハ箱谷ノ訓カ」
本尊 千手觀世音
但惠心僧都之作佛
脇立 不動明王
毘沙門天
二王尊
但弘法大師之御作佛
本堂 三間四面惣茅葺、普請之儀ハ末武三ケ村より相調來候事
庫裏 桁行七間半梁行五間惣茅葺四方瓦尾垂、過ル文政貳卯年素返シ普請相成候事
鎭守春日大神 壹社
但往古禪定寺と申伽藍之時より春日山と呼來候靈地有之砌、藝州嚴嶋彌山より中興良長法印勸請仕正徳貳辰年勸請、毎月十三日祭事仕來、社地之儀も御除山御座候事
此度御改革ニ付本寺分國寺江相殿仕候事
御祈祷料と〆米四石三斗五升宛年々郡配當より被立下候事
當寺之儀は貞享元禄之比まてハ禪定寺と申古跡ニ〓御座候處、閼伽井坊隠居良長法印((附箋)「△ニハ厚狹郡ヨリ古跡ヲ引タルヲ享保八年ノ秋ノコトトス」)元禄十六年厚狹郡藤河内村と申所ニ分國寺と申寺號古跡有之、此地江引地之儀御斷申出建立相成候、分國寺と相改良長法印當山之開基(中興△)開山ニ〓夫より當代迄五世血脈相續仕候事
尚右の史料に記された本尊千手観音は現在梁の観音堂に座し市指定有形文化財(昭和五十一年六月二十九日)である。(上段掲載)
千手観音菩薩立像 市指定文化財 像高一〇一・四cm (下松市教育委員会提供)
分国寺文書 正徳五年(一七一五)当寺は紆余曲折にもかかわらず、関係者により多数の文書が保存されている。
(以下永田嘉一氏蔵)
分国寺文書 享保八年(一七二三)
分国寺文書 安永五年(一七七六)
分国寺文書 同上 その二
分国寺文書 同上 その三
分国寺文書 同上 その四