飛石は二十三庭中十七庭使用されているが、石数は少なく、又種々の装飾的技法も使用されていない。石数が少ないのは、庭が極めて小さいためであろう。
石橋は盛土上に配置された正覚石に至るまでの、池泉ほぼ中央に架けられたもので、すべて自然石で若干の反をもったものもある。
次に灯籠はすべて小型の「山灯籠」で火袋のみを加工し、十八庭に使用されている。献灯具として発達した灯籠をそのまま庭園に使用したのは、既に桃山時代のことである。絵図の描かれた江戸末期には種々の形式の灯籠が存在したはずだが、すべて山灯籠で他は一基も使用されていない。この地方に於て社寺への献上灯籠等種々の様式のものが庭園に使用されるようになったのは、明治以降のようである。