室町時代の末に吉田(卜部(うらべ))兼俱(かねとも)(一四三四~一五一一年)の『唯一神道名法要集』がある。
吉田家は、はやくより神祇官僚となり神事を家業としていた。
『問う。宗源とは何であるか。
答える。宗というのは、一気が陰と陽にまだ分れない前の元神(はじめのかみ)を明らかにすることである。
故にすべての現象がまじり気なく一つである元初(はじめのはじめ)の状態に帰えることである。
これを宗というのである。源というのは智徳の光をやわらげて世俗の塵にまじわってくる神のはたらきを明らかにすることである。
だから一切の衆生に恵みを与えるその本其(もともと)を明らかにすることである。これを源という。だから頌にいう。
宗とは方法(あらゆる現象)が一に帰着していくところである。
源とは方法を生ずるいろいろの縁がそこからあらわれてくるところである。
我国がひらけはじめて以来、唯一神道といわれるものはこれである。
問う。どのような書物をもって根本のよりどころとするのか。
答える。三部の本書がある。これらの本書によって「顕露の教」を立てる。
また三部の神経がある。
これらの神経によって「隠幽の教え」を作る。唯一神道の顕密の二教というのがこれである。
問う。三部の本書とは何であるか。
答える。聖徳太子が撰んだ「先代旧事本紀(せんだいくじほんき)」、太朝臣安麿(おおのあそんやすまろ)が撰んだ「古事記」、一品舎人(いっぽんとねり)親王が天皇の命令をうけて撰んだ「日本書紀」これを三部の本書という。
問う。三部の神経とは何であるか。
答える。「天元神変神妙経」「地元神通神妙経」「人元神力神妙経」これを三部の神経という。
問う。これらの経は神明の宣べた説であるか、聖人の説いたことであるか、どちらであるか。
答える。天児屋命(あねのこやねのみこと)(春日大明神)のお宣べになったことである。
後世になって北斗七星の星座の真君(かみ)が天からおりて来て天児屋命がお宣べになった言葉を漢字に書き写して経としたものである。』
これらの経を三部の神妙経という。