画像番号一覧
画像 46
飯倉平八右衛門組後藤瀬左衛門妻
極老之舅存生之内、孝養
之志を尽し候由、委細吟味
之上、御目付共及言上、寄(ママ)持成
義と 御感心被遊候而、為御褒美
右之女一生之間、年々御米弐俵ツヽ
被下置候旨被 仰出候、平八右衛門ハ
頭之儀ニ候得者、瀬左衛門存生之
内ニ可申上儀勿論ニ候処、無其義、
剰去暮御用人共右様子相尋
候節、兼而得と存候趣ニ者候得共、
老人 御慈育と孝行之者
御称美との理、一向不相弁様子、
是又達 御聴、(人カ)入之頭たるへき
者ニ者不心得成義、右之通心付
(改頁)
ニてハ御為ニも不罷成と、近頃御
気の毒ニ思召候条、各為心得候
条申聞候様ニと被 仰出候間、可被
承置候
右書付相渡し、夫々為拝見候事
元文元辰年六月十九日
一今朝御番頭并番頭寄合支配人
御前江被 召出、左之通帳面ニ而御渡
被遊候
組頭江可申渡覚
一組中訴訟之儀、其外不依何事
六ケ敷出入之義、或ハ不作法之族
在之者、其品ニ応可致指図、若
飯倉平八右衛門組後藤瀬左衛門妻
極老之舅存生之内、孝養
之志を尽し候由、委細吟味
之上、御目付共及言上、寄(ママ)持成
義と 御感心被遊候而、為御褒美
右之女一生之間、年々御米弐俵ツヽ
被下置候旨被 仰出候、平八右衛門ハ
頭之儀ニ候得者、瀬左衛門存生之
内ニ可申上儀勿論ニ候処、無其義、
剰去暮御用人共右様子相尋
候節、兼而得と存候趣ニ者候得共、
老人 御慈育と孝行之者
御称美との理、一向不相弁様子、
是又達 御聴、(人カ)入之頭たるへき
者ニ者不心得成義、右之通心付
(改頁)
ニてハ御為ニも不罷成と、近頃御
気の毒ニ思召候条、各為心得候
条申聞候様ニと被 仰出候間、可被
承置候
右書付相渡し、夫々為拝見候事
元文元辰年六月十九日
一今朝御番頭并番頭寄合支配人
御前江被 召出、左之通帳面ニ而御渡
被遊候
組頭江可申渡覚
一組中訴訟之儀、其外不依何事
六ケ敷出入之義、或ハ不作法之族
在之者、其品ニ応可致指図、若
画像 47
難埒明義者、六人之組頭中
可遂相談候、其上ニ而事不済
義、又者以後之例ニ可成事ハ
可被申聞事、
一為之儀者不及申、万事依
怙贔屓有間敷候、尤結徒(党カ)
□荷担之儀、堅不可致事、
一組中之者親類帳、銘々ニ可有
所持事、
一人馬之義、定之通常々致所持
候之様ニ可被申付候、并武具・馬具
応身躰ニ相嗜候様可被申付候、
難致所持之品在之者、詮議之上
可為用捨事、
(改頁)
一組中訴訟之儀、其外何事ニ
よらす、以後可尋儀、又者心得可
罷成義ハ致留帳書付可被置事、
以上
承応三甲午年二月十六日
組中江可申渡覚
一先年ゟ申出候法度之趣、相違
無之様ニ可相守事、
一縁辺届之義、湯治暇之義
其外何事ニよらす、訴訟申度
儀有之者、組頭を以可申事、
一於小田原、他家中之者江参会并
使音信之儀、附り浪人抱置候
義、頭江相断可任指図事、
難埒明義者、六人之組頭中
可遂相談候、其上ニ而事不済
義、又者以後之例ニ可成事ハ
可被申聞事、
一為之儀者不及申、万事依
怙贔屓有間敷候、尤結徒(党カ)
□荷担之儀、堅不可致事、
一組中之者親類帳、銘々ニ可有
所持事、
一人馬之義、定之通常々致所持
候之様ニ可被申付候、并武具・馬具
応身躰ニ相嗜候様可被申付候、
難致所持之品在之者、詮議之上
可為用捨事、
(改頁)
一組中訴訟之儀、其外何事ニ
よらす、以後可尋儀、又者心得可
罷成義ハ致留帳書付可被置事、
以上
承応三甲午年二月十六日
組中江可申渡覚
一先年ゟ申出候法度之趣、相違
無之様ニ可相守事、
一縁辺届之義、湯治暇之義
其外何事ニよらす、訴訟申度
儀有之者、組頭を以可申事、
一於小田原、他家中之者江参会并
使音信之儀、附り浪人抱置候
義、頭江相断可任指図事、
画像 48
一人返シ之義、其外自分として
難埒明事者、組頭江遂相談
可相済事、
一人馬持候義、可有定之通候、
若難致所持子細有之者、頭迄
急度可相断事、
以上
(年未詳、承応三年カ)
二月三日
覚、是者組頭江申渡之
一六組之内ゟ役人ニ被 仰付者相触、組頭召
連罷出候様、常々可被申渡、附り普
役人等之儀者、頭之組切/\ニ
(改頁)
相触候様ニ可申被申渡事、
天和二壬戌年正月十一日
覚
一今度組頭被 仰付難有仕合奉存候、
弥御奉公及心候程精出、作法能勤仕
可仕事、
一組中御奉公ニ罷成候義ハ、能々申合
相勤可申候、私成願、又者他組と
党を立候様成義一切仕間敷候、
若難及了簡儀者、年寄ともへ内談
可仕候、勿論不相済内親子・兄弟たり
と言ふ共、沙汰申聞間敷事、
一御隠密ケ間敷義、不依何事他
見他言仕間敷候、勿論推量
一人返シ之義、其外自分として
難埒明事者、組頭江遂相談
可相済事、
一人馬持候義、可有定之通候、
若難致所持子細有之者、頭迄
急度可相断事、
以上
(年未詳、承応三年カ)
二月三日
覚、是者組頭江申渡之
一六組之内ゟ役人ニ被 仰付者相触、組頭召
連罷出候様、常々可被申渡、附り普
役人等之儀者、頭之組切/\ニ
(改頁)
相触候様ニ可申被申渡事、
天和二壬戌年正月十一日
覚
一今度組頭被 仰付難有仕合奉存候、
弥御奉公及心候程精出、作法能勤仕
可仕事、
一組中御奉公ニ罷成候義ハ、能々申合
相勤可申候、私成願、又者他組と
党を立候様成義一切仕間敷候、
若難及了簡儀者、年寄ともへ内談
可仕候、勿論不相済内親子・兄弟たり
と言ふ共、沙汰申聞間敷事、
一御隠密ケ間敷義、不依何事他
見他言仕間敷候、勿論推量
画像 49
之批判何方へ茂申遣間敷事、
一組中一人/\親類書毎年相改、
親類者従弟迄、縁者者小舅・姉
妹聟迄書記置可申候、若縁者・
親類を相隠シ候者在之ニ者、内證
不申聞、無遠慮早々可致言上事、
一御家御法度書之趣相考、少ニ而も
違背之輩在之候ハヽ、内證申聞、
承引於不仕者可申上事、
附り、倹約身持之義、可為同前
事
以上
天和二壬戌年正月十一日
(改頁)
右承応・天和両度之被 仰出之趣、
向後共ニ弥以番頭共、并組付之
諸士急度可相守候、近年者心得
違之義も在之候之様子ニ付、猶又
改而相達置候条、如件、
辰六月十九日
元文元辰年六月廿二日
一去ル十九日、御番頭之面々江於
御前御書付御渡被遊、向後右之通
可相心得旨被 仰出候間、御番頭之
面々伺書両通指出、
覚
此間、御直ニ御渡被遊候御書付、
何も奉拝見一々奉畏候、
之批判何方へ茂申遣間敷事、
一組中一人/\親類書毎年相改、
親類者従弟迄、縁者者小舅・姉
妹聟迄書記置可申候、若縁者・
親類を相隠シ候者在之ニ者、内證
不申聞、無遠慮早々可致言上事、
一御家御法度書之趣相考、少ニ而も
違背之輩在之候ハヽ、内證申聞、
承引於不仕者可申上事、
附り、倹約身持之義、可為同前
事
以上
天和二壬戌年正月十一日
(改頁)
右承応・天和両度之被 仰出之趣、
向後共ニ弥以番頭共、并組付之
諸士急度可相守候、近年者心得
違之義も在之候之様子ニ付、猶又
改而相達置候条、如件、
辰六月十九日
元文元辰年六月廿二日
一去ル十九日、御番頭之面々江於
御前御書付御渡被遊、向後右之通
可相心得旨被 仰出候間、御番頭之
面々伺書両通指出、
覚
此間、御直ニ御渡被遊候御書付、
何も奉拝見一々奉畏候、
画像 50
一組中之者、親類帳銘々可有
所持候事、
一他所之者へ参会、并使音信之義
ニ付浪人抱置候儀、頭江相断可
伺指図候事
右之類、親類ハ従弟を限り、
縁者ハ姪・聟迄、或ハ居宅
町家等ニ而出会之義、勝手次第
之旨可申聞哉
一六組之内ゟ役人ニ被 仰付候ハヽ、頭江
相触、組頭召連罷出候様ニ、常々
可被申渡候由、
右三ヶ条御書之通取斗候心得ニ
罷有候、只今与者違候故、為念
申上置候
(改頁)
六月廿二日
稲葉七郎兵衛
松尾一左衛門
稲葉四郎左衛門
塚田杢助
田辺権右衛門
内田半兵衛
仙石助太夫
覚
一人馬之義、定之通常々致所持候様
可被申付候、并武具身躰ニ応し
相嗜候様ニ可被申付候、
但、難致所持品有之者、詮議之上
可有用捨事、
六月廿二日 右七人
右之通以書付被申聞候ニ付、人馬
一組中之者、親類帳銘々可有
所持候事、
一他所之者へ参会、并使音信之義
ニ付浪人抱置候儀、頭江相断可
伺指図候事
右之類、親類ハ従弟を限り、
縁者ハ姪・聟迄、或ハ居宅
町家等ニ而出会之義、勝手次第
之旨可申聞哉
一六組之内ゟ役人ニ被 仰付候ハヽ、頭江
相触、組頭召連罷出候様ニ、常々
可被申渡候由、
右三ヶ条御書之通取斗候心得ニ
罷有候、只今与者違候故、為念
申上置候
(改頁)
六月廿二日
稲葉七郎兵衛
松尾一左衛門
稲葉四郎左衛門
塚田杢助
田辺権右衛門
内田半兵衛
仙石助太夫
覚
一人馬之義、定之通常々致所持候様
可被申付候、并武具身躰ニ応し
相嗜候様ニ可被申付候、
但、難致所持品有之者、詮議之上
可有用捨事、
六月廿二日 右七人
右之通以書付被申聞候ニ付、人馬