「自然環境」は既存資料が皆無に等しかったので、市史編さん事業が発足すると同時に調査活動がはじめられた。得られた新資料によって特色ある自然誌がつくられている。「植物」「動物」の部門は〝植物友の会〟などの活動があり、多くの市民参加による市史の編さんがすすめられてきた。このようななかで、通史編の原稿作成後になって、「クロヤツシロラン」という東京都内にもみられない新種の植物が市内で発見され確認された。同じように新しい発見が「原始」にもみられ、多摩市内ならびに多摩地域からは弥生時代の住居跡は発掘されていなかったが、このたび「東寺方遺跡」において弥生時代までさかのぼると考えられる住居跡が発見された。新発見のうち「クロヤツシロラン」はこの『通史編一』にとりあげることが出来た。
「古代」では律令制下の行政組織や国司・在庁の動向とともに、「武人を多く出す国」という武蔵国の御牧や武士団がきっちりと論述されている。「中世」は政治史も面白いが、中世の多摩市地域の要地である関戸の様相や『当社記録』にみられる十五世紀の吉富郷の動向やその構造に興味深いものがある。なお、時を同じくして中世史にかかわるものには『市史叢書(12)』として「多摩市の板碑」が刊行されることになっている。「近世」の社会経済史は市内に存在する諸家の資料にもとづいて、具体的な史実や事柄を市民に語りかけている。近世後期の在村文化については相沢伴主の「生花」や多摩市地域の発句・連句が論述され、寺社については曹洞宗寺院四、新義真言宗寺院九、時宗寺院一、その他堂舎四、神社は二十四社をとりあげている。
歴史を振り返るとき、どの地域においても、人間が人間を差別する制度や差別する表現があったことに気が付く。そこでそうしたことを除外してしまうと、歴史に学ぶという真の意味が失われてしまうことになりかねない。そのような意味から本書は史料に見られる差別を示す表現について手を加えることをしなかった。これは差別に対する深い反省と、差別を引き起こす偏見を解消するための作業と考えているからである。
この『多摩市史 通史編一』が、多摩市に住む市民の方々やこの地域の歴史研究に関心をもつ人々に広く読まれ活用されることをねがうとともに、郷土の歴史に愛着をもっていただくことが出来れば幸いである。郷土の歴史について多くの人々といろいろと語り合えたらたのしいのではないかと思っている。
本書の刊行にあたり、貴重な資料を提供して下さった方々や関係諸機関・関係諸団体各位をはじめ、編集・執筆を担当された編集委員・専門調査員・調査補助員諸氏ならびに市史編さん室の方々に、心から感謝の意を表する次第である。なお、最後に編さん委員であり、編集委員として近世を担当されていたすぐれた郷土史家である比留間一郎氏が二月五日御逝去された。また、さきに御逝去になった「動物」分野の編集委員、金井郁夫氏もこの巻を担当されていた。御両人の御逝去に心から御冥福をお祈り申し上げる。
平成九年三月
多摩市史監修者 福田榮次郎